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COCOON PRODUCTION 2022
『ツダマンの世界』観劇レポート

2022/11/26

公演レポ

COCOON PRODUCTION 2022 『ツダマンの世界』

歌や踊りも織り交ぜながらスピーディに展開!
人間の愚かしさが笑いを誘う狂気のメロドラマ

※ネタバレあり!

モワン、モワン。なんとも形容しがたい音楽と共に幕が開き、一気に不思議な松尾ワールドへ。あれは人魂!? 浮遊する成仏していない魂!? 江口のりこ演じるオシダホキの語りによって、小説家のツダマンこと津田万治の人物像が徐々に明らかになっていくのだが、冒頭からその“魂”たちの演技に笑いが起きる。

11月23日、Bunkamuraシアターコクーンで開幕した松尾スズキ2年ぶりの新作『ツダマンの世界』は、松尾が初めて実際に起きた戦争や昭和の歴史を作品に落とし込んだ意欲作。激動の時代を描きつつ、人間の滑稽な醜さや愚かしさを浮き彫りにするコメディの要素も際立っていて、東京公演の初日から多くの笑い声、さらに大ウケの拍手まで起きたのには驚いた。

松尾は今回、作・演出だけではなく、初めて全オリジナル曲の作詞・作曲まで手掛けている。口ずさみたくなるようなリズミカルなメロディに、謎解きを楽しみたくなるようなユニークな歌詞。フッと心が軽くなり、人物の感情を受けとめるこちらの器にも余裕ができる。松尾が鼻歌でメロディを伝え、そこから音楽担当の城家菜々がアレンジし完成させたという和のテイストに満ちた楽曲からは、彼のエンタテインメント愛が感じられた。

出演は松尾ワールドの頼もしき体現者・阿部サダヲ、松尾の舞台に初参加の間宮祥太朗・吉田羊・江口のりこ・見上愛。さらに大人計画の皆川猿時や村杉蝉之介、劇団四季で数々のヒロインを演じてきた笠松はる、といった新鮮な顔合わせ。間宮以外は一人で何役かを演じていて、キャラクターの二面性やそれぞれのもつれ具合が一層際立ち、何度も観て思惑を深掘りしたくなる。

物語の舞台は昭和初期から戦後にかけての日本。ツダマンこと津田万治(阿部サダヲ)は幼くして母を亡くし、厳しい継母オケイ(吉田羊)に育てられた。長いものさしを片手にオケイは強圧的に反省文を書かせるが、それが万治の文章力を鍛える結果に。その後小説家になった万治は、中年にさしかかった頃ようやく文壇最高峰の月田川賞候補作に選ばれる。賞の選考委員でもある万治の幼なじみ、大名狂児(皆川猿時)に勧められ戦争未亡人の数(吉田羊)と結婚することになった万治。だが、彼には小劇場の看板女優・神林房枝(笠松はる)という愛人もいた。そこへ万治の弟子になりたいと、佐賀の豪商の三男坊、長谷川葉蔵(間宮祥太朗)が現われて……。

昭和の文豪には、私生活で色々な問題を抱える破天荒な作家が数多くいた。特に何度も自殺未遂を起こした太宰治は文壇の異端児で、彼につい手を差し伸べてしまう井伏鱒二との奇妙な師弟関係が、松尾の心をとらえたという。万治と葉蔵の師弟関係も、嫉妬と憧れのシーソーバランスが複雑怪奇。葉蔵が長い手紙で弟子入りへの想いを伝える場面では、万治を称えるつもりが「それはけなしているよね!?」という言葉ばかり。お坊ちゃんの葉蔵にとっては、万治の恵まれない出自や境遇は小説家としての糧になるから羨ましい、というわけだ。晴れて弟子となった葉蔵に、大切なものを差し出す万治。その意図は?と思っているうちに、万治が戦地へ出兵し、二人の関係は微妙に変化してゆく。

万治は決して売れている作家ではない。生き方は淡々として見えるけど、妻の数に男性関係を執拗に訊いたり、これまでにない形で嫉妬の感情を表したりと、やはり無限の色を持つ阿部が演じる面白さが、ツダマンに集約されている。辛いはずなのだが、楽しそう。そう、戦地でも、最後のあの場面でさえ、カラッと明るい哀感が漂う。希代の喜劇俳優のように。

間宮は6年ぶりの舞台出演だが、端正な容姿に昭和の和装も洋装もよく似合い、まくしたてるような台詞回しも鮮やか。舞台に存在するだけで説得力ある時代感を発し、何をやっても許されるのを分かっているような葉蔵のふてぶてしさ、“自分の死”を人質に師に迫るエネルギッシュさと、その逆の虚無感のブレンドを巧みに出していた。

万治の妻となる津田数を演じた吉田羊は、楚々として儚い雰囲気を醸し出し、文士たちの行動に振り回される女性の生き辛さを体現する。夫を戦地へ送り出すときには渾身の歌声も。また最後に感情が沸点に達した時の演技には度肝を抜かれ、本作の最大のクライマックスとなった。

電柱の陰からそっとツダマンを見つめるなど、サスペンスドラマに出てきそうな雰囲気の津田家の女中・オシダホキ。江口のりこが時空を行き来しながら関西弁であっけらかんと語り、かなりの頻度でツッコミも繰り出すのが新鮮。昭和歌謡をソロで朗々と披露するなど豊かな音楽性を発揮しつつ、女の艶やかさと本能的な鋭さを表現してみせる笠松はる。初舞台とは思えない堂々とした芝居で、葉蔵にミステリアスに絡む文学少女・兼持栄恵を演じた見上愛。本作は、女性陣が見せるたくましい生き様も見どころだ。

文士としての思い入れはなく、上海にまで飛んで行ってしまう大名狂児役の皆川猿時は、様々な役、様々な衣装で忙しく登場し、色濃い芝居で盛り上げる。終盤には物語を大きく変化させるキーマンとなって存在する姿に身震いが。葉蔵の世話係・強張一三を演じた村杉蝉之介は、生真面目さを前面に出しつつ、オシダとの絡みでは人間味溢れる秘めたやり取りも見せる。ほかにも個性あふれる俳優陣が、関東大震災や第二次世界大戦など、激動の時代に取り残されたような人物を巧みに表現してみせた。

ときにプロジェクションマッピングの宇宙的な光が客席の壁面までを照らし、プラネタリウムの中にいるような錯覚に。かと思えば、ツケ打ちなど歌舞伎的な趣向で進む場面も多々。次々と場面が変わり、あらゆる人物が複雑に絡み合う悲喜劇は想像以上にスピーディで、上演時間の3時間半があっという間だった。阿部は宣伝ちらしに描かれたツダマンのイラストが松尾に重なると開幕前に話していたが、舞台が進むにつれそのイラストの姿に阿部が同化するような感覚に陥った。米兵に日本の文化について力説したツダマン。戦地から葉蔵に手紙の返事を送り続けたツダマン。その心は解放されたのか、ぜひ劇場で見届けてほしい。

取材・文:小野寺亜紀
撮影:細野晋司


コメント

●松尾スズキ
みなさま、お元気ですか。
2年ぶりの新作です。もっとばんばん新作を書き飛ばしていた時期もありましたが、もはや、これぐらいのペースになってしまった松尾です。
だからこそ、一作一作大事に仕上げてまいります。
いっぱい本を読みました。昭和の時代の作品です。調べれば調べるほど昭和の文豪たちは、コンプライアンスとはほど遠い世界を生きておりました。
わたしも無頼と呼ばれた時代もありましたが、さすがにここまでのことはない。
インテリジェンスと野蛮が混在した昭和の文化人たち、それを支えたり振り回されたりする人々の、滑稽で、かつ、ひたむきで、悲惨な姿を、ご堪能ください。

●阿部サダヲ
大作です!そんで大作ってやっぱり大変なんですね!出てる役者ほぼ全員、叫んで、笑って、着替えて、歌って、踊って、着替えて、叩いて、被って、着替えてます(笑)大変です!30回くらい?場面も転換するから、スタッフさんも大変です。生放送の歌番組みたいな動きです。松尾さんの舞台に初めて出演されるキャストの方々がとても面白いです!なんでしょう?松尾さんの今までの作品にはなかった新しい不思議な感覚が楽しめそうな気がします!よろしくお願いします。

●間宮祥太朗
「ツダマンの世界」10月に稽古が始まり一ヶ月と少し、気づけば本番がもう目の前まで来ました。
稽古場はとても居心地が良く、少しずつ作品が構築されていく様子に高揚した毎日でした。自分の出ていない部分の稽古を観ている時間も好きだったのですが、本番が始まるとなかなか悠長に観ていられなくなるんだなと、衣裳付きの通し稽古をした時に実感しました。初めて立つシアターコクーンの舞台で、美術照明音響が織りなすツダマンの世界に、これからの本番が楽しみです。

●吉田羊
松尾さんの世界がみるみる立ち上がってゆくのを間近に観られる、幸せなお稽古でした。演出意図はこれかな?と発見出来た日はなお嬉しく、松尾さんの頭の中に半歩近づけたような気がして帰り道の足取りがふわふわと軽かったものです。共演の皆さんの最高に面白いお芝居をかぶりつきで観られた特等席を、今度はご来場のお客さまにお譲りして、私は精一杯、数を生きたいと思います。どうぞ皆さま、めくるめく世界に身を投じ、心ゆくまでご堪能ください。そして観劇後は、様々な感想を”すり合わせて”お楽しみくださいませ。


COCOON PRODUCTION 2022
『ツダマンの世界』

■作・演出
松尾スズキ

■出演
阿部サダヲ、間宮祥太朗、江口のりこ、村杉蝉之介、笠松はる、見上愛、
町田水城、井上尚、青山祥子、中井千聖、八木光太郎、橋本隆佑、河井克夫、
皆川猿時、吉田羊

大阪公演

|日時|2022/12/23(金)~2022/12/29(木)≪全8回≫
|会場|ロームシアター京都 メインホール

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