結婚生活に疑問を覚えて家出したものの、無一文となった立花箒（高城れに）。ひょんなことで出くわした藤沢港（東島京）に教えられ、彼女は仕事と居場所を求め、山中の劇場へと向かう。その劇場では、たった一人の観客のために作品が上演され続けていた。箒は、劇場にいる蒔時アハハ（祷キララ）と夫婦役を演じることになるが、そこに夫の向田淡路（尾上寛之）が追ってきて――。

　主宰として劇団ロロで作・演出を担い、近年では映像作品での活躍も目立つ三浦直之による、初パルコ・プロデュース作品『最高の家出』。主演に高城れに。そして若手注目株の祷キララ、東島京に加えて、注目の作・演出家と多くのタッグを組んできた尾上寛之、ロロ作品に出演してきた俳優たちが加わった作品が、東京・紀伊國屋ホールで幕を開けた。

　三浦は紀伊國屋ホールそのものを架空の劇場に見立て、舞台上には劇中劇のセットも。出演者は劇場の中にいる俳優やスタッフを演じ、彼らが演じる劇中劇も展開していく。居場所を求めて劇場を訪れる箒を演じる高城は、客席通路を歩いて登場。現実と演劇が混じり合うような演出で、三浦は観客を作品世界へと誘う。

　いきなり俳優として舞台に立ち、アハハと夫婦役を演じることになる箒。その彼女を板橋駿谷、亀島一徳、篠崎大悟、島田桃子、重岡漠が演じる、劇場に住み込む俳優・スタッフたちが翻弄していく。演劇と現実の区別がつかなくなった俳優、台本の台詞以外はしゃべれない俳優など、常識外れの彼らに困惑しつつも奮闘する箒の姿を、高城は地に足のついた演技で表現していく。

　港と夫婦役を演じるはずだったのに、港の家出で箒と演じることになるアハハ。祷は憤りや演技へのこだわりから垣間見える、アハハの純粋さをビビッドに演じてみせる。噛み合わない二人がコミカルにやり合い、演技を通じて互いを理解していく姿には、ロロ作品に通底する青春の匂いも漂う。

　次第に劇場にも馴染み、俳優として居場所を見つけていく箒。その姿を客席から観ていると、次第に自分もその仲間のような気持ちに。そこに箒を追って淡路がやってくる。現実を知る大人のようで、その言葉はどこかズレていて、箒の居場所を乗っ取ってしまう淡路。今度も悪意なく、箒が演じる役を自分が担おうとする。回想シーンでのやりとりも含め、尾上は無意識のうちに箒の場所を侵食している淡路をひょうひょうと演じ、家出に至る箒の背景をしっかりと支えてみせる。

　またも居場所を失いそうな箒。だが、箒にはアハハが加勢。箒は自分が一人ではないことを知る。そして仄めかされていく、劇場に住む俳優たちのバックボーン。突飛な言葉や行動、ここで俳優をしているのにも理由があることが察せられると、笑いに繋がっていた言動の奥にそれぞれのキャラクターが象徴するものが見えてくる。

　俳優たちに自分の台本を演じさせている劇場主・珠子とアハハの関係。この劇場で演劇が上演され続けている理由。明らかになる事実を前に箒は自分にとって、そしてアハハにとっての本当の「家」――帰るべき場所へ動き出す。外の世界のことを話しアハハを連れ出そうとする箒。箒の言葉で心を動かされ、アハハは箒とともに外の世界に飛び出すことを選ぶ。

　淡路が劇中劇に忍ばせる箒とのなれそめ。港がアハハに語る、結婚してこの劇場で暮らす未来。それに心を動かされない箒とアハハの姿に、二人の変化と成長がにじむ。冒頭の箒との遭遇シーン、そして劇場に帰ってきてからの港の変化と比べると違いは明白だ。

　東島が弾けながら表現する港の大きなアクション、ナルシズムあふれる言動の裏には、外の世界での活躍を夢見たものの、挫折して劇場に戻ることを選んだ痛みが横たわる。失敗に終わった港の“家出”。だが箒とアハハは、本当の意味で“家出”を成功させるために、劇場を脱出して外の世界を目指していく。

　外に出た箒とアハハは劇中劇の舞台の夜海原（よるうなばら）商店街へ向かう。そこで明らかになる珠子が夢見ていたもの。箒とアハハは、自分で居場所を選び取った自分たちと重ね合わせるように、ラストシーンを演じる――。それは『最高の家出』そのもののラストにも重なり合い、演劇が生み出すフィクションの力を実感させる瞬間となった。

編集者・ライター：小杉 厚
撮影：岡 千里

大阪公演

｜日時｜2024/03/09(土)≪全2回≫
｜会場｜森ノ宮ピロティホール

▶▶公演詳細

＼関連記事はこちら／