2023/9/15
公演レポ
派遣会社でピエロとして働く青年・木林太郎に扮した竜星涼が、長い手足を活かして舞台上を舞うように駆け、パントマイムやクラウン芸を披露する。ステージは三面が高い黒板に覆われ、床は傾斜のある八百屋舞台。小宇宙をイメージさせるような“無”の空間で、チョークを持った太郎が黒板に電球や便器、自分の周りの床にぐるりと円を描くと、そこが彼のテリトリー=家なのだと分かってくる――。
不思議なオープニングから引き込まれる『ガラパコスパコス~進化してんのかしてないのか~』は、劇団「はえぎわ」を主宰し、脚本家・演出家・俳優として活躍するノゾエ征爾の代表作。高齢者施設を回りインスピレーションを受けて生み出した本作は、2010年の初演以来再演を重ね、キャストを刷新した2023年版が9月10日に世田谷パブリックシアターで開幕した。
舞台下手には黒いボックス。ガラガラっという大きなシャッター音とともにこの扉が開き、次々と人物が現れる。彼らはほぼ舞台上に居続け、ときにはセットの一部のように背を向けて立っていたり、床に寝転がっていたり、耳をふさいで座っていたり。さまざまなドラマがパラレルに進行していくスピード感溢れる群像劇だけに、このユニークな演出と、チョークでモノや感情まで描き出すノゾエならではの演劇手法が、観客の好奇心をくすぐり2時間飽きさせない。俳優たちが描く絵や文字のラインはその日限りのライブ感も。喜び、悲しみ、嘆き、怒り。さまざまな感情が想像以上に迫ってくる。
そしてこの手法以上に何よりも心に残るのは、そこに描かれている“人間のありよう”や、「老いとは、進化とは何か」という普遍的な問いかけだ。一見ファンタジックな世界観の中に落とし込まれている、リアルな老いとの対面。そこから導き出した答えが鮮やかで、“今生きている尊さ”を実感する。
物語の中心にいるのは太郎と老女の徳盛まちこ(高橋惠子)。道端で見た太郎の手品芸に惹かれ、彼の家までついてきた彼女は、太郎と共同生活を送ることに。社会にうまく馴染めない太郎にとって、まちこは自分の存在を認めてくれた特別な存在なのだろう。彼女を“まっちゃん”と呼び、まるで恋人のような親子のような、特別な関係を築いていく。ただ、彼女は特別養護老人ホームから抜け出てきた身で、家族が必死に探している。さらに認知症を患っていて、二人の生活に介護という壁が立ちふさがる。
まっちゃんを演じる高橋惠子の、実年齢よりだいぶ歳を経た老女っぷりに目を見張る。虚ろな目でさまよい、排せつもままならない。言葉をほとんど発しない彼女が終盤、太郎に見せるしっかりとした意志。そこに通い合う二人だけの感情を受け止める太郎の懐の深さを、竜星が丁寧に紡ぎ出す。人の目を見て話せなかった太郎の変化。それは最後のクライマックスへと集約されていき、彼の未来を応援せずにはいられない気持ちになった。
また、物語には太郎とまっちゃん以外にも、まっちゃんの娘と孫、太郎の元同級生や元担任、漫才のような掛け合いで笑いを誘う特養老人ホームの職員など、二人を取り巻く人物が登場、それぞれが複雑な闇や状況を抱えている。藤井隆演じる太郎の兄・木林晴郎は、ときにハイテンションにまくしたてる姿が目を引くエネルギッシュなキャラクター。妻の静香(山田真歩)や、後輩の耕介(ノゾエ征爾)には毒のある態度なのに、弟の太郎には控えめで、「うちの家族はみんな繊細だから」と気を遣い、複雑な過去が透けて見える。太郎が勤める派遣会社の上司・花丸(青柳翔)と、太郎に恋心を抱く同僚・渡(芋生悠)の距離感。“バスにいつも乗れない女”(中井千聖)、外国語を話す “隣人”(駒木根隆介)など、モブ的な存在のようで実は違うヒネリの効いたキャラクターも、劇が進むにつれてますます気になってゆく。
ホーム職員の一人・“明日”(山本圭祐)は、人間の真理を端的に示した台詞を発する。劇中でふいに届けられる、胸に刺さる言葉の数々。今の社会にも通じる悩みの種の深さ、多様すぎる愛、生と死。絶妙に投入される身体表現や、意外性のあるジャンルレスな音楽も劇を盛り上げ、最後にはプリミティブな進化へと話が壮大に広がっていく本作。人間の日々のつまずきや老いをマイナスと捉えず、「進化」という観点で向き合えば、また違った景色が見えてくる。ラストの清々しさにそんな希望を感じた。
取材・文:小野寺亜紀
撮影:細野晋司
COCOON PRODUCTION 2023
『ガラパコスパコス
~進化してんのかしてないのか~』
■作・演出
ノゾエ征爾
■出演
竜星涼 藤井隆 青柳翔 瀬戸さおり 芋生悠
駒木根隆介 山本圭祐 山口航太 中井千聖 柴田鷹雄
ノゾエ征爾 家納ジュンコ 山田真歩 菅原永二 高橋惠子
▶▶オフィシャルサイト
|日時|2023/09/30(土)~2023/10/01(日)≪全3回≫
|会場|京都劇場
▶▶公演詳細
|日時|2023/10/11(水)~2023/10/12(木)≪全2回≫
|会場|岡山芸術創造劇場 ハレノワ 中劇場
▶▶公演詳細
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