2023/9/6
公演レポ
劇が進むにつれ、実直で頼もしく見えた男性の一つひとつの言動が気になり、不吉な予感にさいなまれる。やがて物語は、逃れられそうで逃れられない暗闇へと突き進み、心拍数はさらに上がる――。9月2日に、東京芸術劇場 プレイハウスで開幕した『橋からの眺め』。演劇とオペラの両方を手掛け、コンセプチュアルな演出で評価の高い英国のジョー・ヒル=ギビンズが日本で初演出。主演の伊藤英明をはじめ6名のキャストとともに、20世紀に生まれた傑作戯曲に新たな光を灯した。
物語は弁護士アルフィエーリ(高橋克実)によって語られる。ニューヨーク、ブルックリン橋の海側に面した貧民街。港湾労働者のエディ(伊藤英明)は、妻ビアトリス(坂井真紀)、幼い頃に引き取った17歳になる姪のキャサリン(福地桃子)と暮らしている。一家が、同郷のシチリアから出稼ぎ目的で不法入国した、ビアトリスの従兄弟、マルコ(和田正人)とロドルフォ(松島庄汰)を迎え入れると、平穏に見えた日常に変化が。キャサリンを溺愛していたエディは、彼女がロドルフォに惹かれるのを目にして、無自覚に豹変する。
本作は60年以上前にアメリカの劇作家アーサー・ミラーによって書かれた社会派ドラマ。『セールスマンの死』(ピュリツァー賞・トニー賞受賞)などで知られるアーサー・ミラーは、時代の波から取り残された人や社会の弱者、家族の問題などに目を向けてきた作家だ。本作でも、今なお続く不法移民やマイノリティ差別、アンバランスな家族の問題などに斬りこんでいる。そういう普遍性があるからこそ演出のジョーは、美術・衣装を手掛けたアレクッス・ラウドとともに斬新な世界観で舞台を表現した。
まず衣裳が現代的で、宣伝ビジュアルとも異なるサプライズがあり、釘付けとなる。エディの逞しい腕が見える黒いタンクトップ、ビアトリスのデニム、キャサリンの鮮やかな色のワンピース、現代の街を歩いていそうな従兄弟たちのストリート系ファッション、アルフィエーリがスッキリと着こなす淡い色のスーツ。アパートで彼らが言い争っていると、1950年代という原作の年代を忘れ、隣家のケンカを目撃しているような気持ちになる。ただ彼らの置かれている状況は社会的に恵まれずひっ迫。イタリアとは異なるアメリカの地で、必死に前向きに生きようとする姿には鼓舞されるものがあった。
セットは奥行きが2メートルと狭い。背景にはコンテナかプレハブのような無機質なボックスが縦横に並び、マットレスやいくつかの生活感のある小道具で、一家が住む狭いアパートを見せている。さらに多くの蛍光灯が付いた天井にも驚きの仕掛けが! これは観てからのお楽しみだが、照明の色によっても感情が揺さぶられ、100分ノンストップの本作に絶妙なメリハリが生まれていることを実感するだろう。俳優たちは限られた空間の横長のセットで、ときには拳を振り上げ、ときには一番端で繊細にたたずみ、さまざまな演技を見せる。それぞれの距離の取り方がまた興味深く、このあたりもジョーの演出が冴えていて、アーサー・ミラーの深い台詞のさらに奥底に潜む心の内が見えるようだった。
13年ぶりの舞台出演となった伊藤英明は、素朴さも感じる短髪のビジュアルで、一家の主でいようとするエディの真っ直ぐさと傲慢さを表現。現代の感覚では理解されづらい“男らしさ”にしがみつくさまは滑稽で、哀れにも見えてくる。姪のキャサリンへの執拗な想いはいったい何なのか。その瞳が空虚な色にも、熱い情念の色にも変化し目が離せなかった。
坂井真紀は、エディとキャサリンの微妙な距離に気づきつつ、何とか“家族”を保とうとする健気さと強さを併せ持つビアトリスをブレなく好演。キャサリン役は本作が初舞台とは思えない安定感を見せた福地桃子。ドキッとさせられる無邪気な美しさ、膝を抱えて座る意味深な表情など、周りの人々を翻弄するだけの存在感を十分発揮した。和田正人はエディとはまた違う危うさと、義理人情の厚さをマルコ役で描出。松島庄汰が演じるロドルフォは、美男なうえ歌や料理まで上手い、ある意味理想的な男性。エディとはタイプが全く違うからこその対比を松島が自然と引き出し、作品の熱量が上がった。
そして冒頭から語り手として物語をリードし、家族の争いをアパートの一角でじっと見つめ、ときにはエディたちと絶妙に絡むアルフィエーリ役は高橋克実。衝撃のラストを迎える本作で、彼がふと放つ陽なイタリア気質と、エディへの冷静な想いに救われる部分も。 “橋からの眺め”は、まさに私たち観客と地続きなのかもしれない。
取材・文:小野寺亜紀
撮影:御堂義乗
PARCO PRODUCE 2023
『橋からの眺め』
■作
アーサー・ミラー
■翻訳
広田敦郎
■演出
ジョー・ヒル=ギビンズ
■出演
伊藤英明 坂井真紀 福地桃子
松島庄汰 和田正人 高橋克実
|日時|2023/10/14(土)~2023/10/15(日)≪全3回≫
|会場|京都劇場
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