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            new          2025/10/31
公演レポ
気鋭の海外クリエイター陣のもと、優れた海外戯曲を今日の視点で再構築するBunkamuraの人気シリーズ「DISCOVER WORLD THEATRE」。その第15弾に選ばれたのが、シェイクスピア四大悲劇のひとつである『リア王』だ。演出は、本シリーズ最多の6作を手掛けるフィリップ・ブリーン。さらにタイトルロールのリア王を、今回が4度目のタッグとなり、演出家からの信頼も厚い大竹しのぶが演じる。期待要素しかないこの話題作。大阪公演の幕開けを前に、東京公演の模様をレポートする。
退位を決めた老齢のブリテンの王・リアは、国を分け与えるに当たり、3人の娘たちにいかに自分を愛しているかを語るように告げる。長女ゴネリルと次女リーガンは言葉巧みに父親の機嫌を取るが、誰よりも父親を愛しているにも関わらず、うまく口に出せない末娘のコーディリアは、リアの怒りを買い勘当されてしまう。その後ゴネリルとリーガンを頼り、それぞれの屋敷に身を寄せることになったリア。だがその横暴さに耐えかねた娘たちは、リアを屋敷から追い出してしまう。大雨が吹き荒れる中、荒野をさまようことになったリアは……。

幕開けは非常に静謐としている。その場におらずともリアの威厳が感じられ、それゆえこの国に安定がもたらされていることが伝わってくる。しかし王も年を取る。退位し、国を娘たちに譲ろうとしたその時、王は大きな過ちを犯してしまう。それが最愛にして聡明な娘・コーディリアとの決別。威厳に満ちていた王が見せるその混乱は、じわじわと国が揺らぎ始めていることを予感させる。
本作で描かれるのは、人間の、そして国の“老い”である。国の王として君臨してきた人物が、老いて判断を誤り、権威や財産とともに正気をも失っていく。その転落を体現することは、俳優にとっては大きなやりがいであり、難題でもあるだろう。それは誰もが名優と認める、大竹しのぶにも言えること。だがそんな大役だからこそ、大竹しのぶという俳優の底知れぬ力を改めて思い知らされることになった。

小柄な大竹だが、舞台上に姿を現した時の佇まい、醸し出す空気感はまさに王そのもの。女性である大竹が男性のリアを演じる。そんなことは一瞬で頭から吹き飛び、ただリアとして存在する大竹に釘付けとなった。だが絶対的な権力者としての登場から一変。怒りと悲しみの末に狂気に落ちたその姿は、あれほど王として大きく見えていたのが嘘のように、とても、とても小さい。特筆すべきは1幕終盤。“本水”を使った雨のシーンで、見た目としてのリアの零落だけでなく、その雨が彼の涙のようにも、そしてこれまで彼にまとわりついていたさまざまなものを洗い流す浄化の水のようにも感じられた。

本作はBunkamuraシアターコクーンの前芸術監督で、数多くのシェイクスピア作品を手がけてきた演出家・蜷川幸雄の生誕90年を記念した企画でもある。大竹を筆頭に、宮沢りえ、横田栄司、勝村政信、山崎 一など、蜷川組の常連が数多く名を連ね、この名作により深みを与えている。中でもリアと同じく“老い”を体現するグロスター伯役の山崎、歌やコミカルな動きで場を賑やかしつつも、リアの悲しみにしっかりと寄り添う道化役の勝村が記憶に残る。



“老い”の対極に位置する若者として、物語に大きな影響を与えるのがグロスター伯の長男エドガーと次男エドマンド、そしてリアの末娘コーディリアだ。エドマンド役の成田 凌は、恨みを糧に策略を巡らすヒールな役どころを色気たっぷりに、コーディリア役の生田絵梨花は、初のストレートプレイながら清廉さと芯の強さが滲む演技が光った。またエドガー役の鈴鹿央士は、本作が初舞台。乞食のトムに身をやつしながら報復の機会を伺う、という難しい役どころを見事演じ切り、鮮烈な舞台デビューを飾って見せた。


また本作で欠かせない存在が、3人のミュージシャンたち。ヴィオラ、パーカッション、チェロとシンプルな構成だが、そのシンプルな音の連なりが本作では非常に効果的に機能している。しかもミュージシャンたちは自由自在に舞台上を回遊。現代的なセットとともに、今の観客と『リア王』の世界観を橋渡しするような存在を担っていた。


老いた王がすべてを失い、“悲しみと苦しみの旅”の果てで見たものとは? ぜひ劇場で目撃していただきたい。

取材・文:野上瑠美子
撮影:細野晋司

Bunkamura Production 2025
DISCOVER WORLD THEATRE vol.15
『リア王』
NINAGAWA MEMORIAL
■作
ウィリアム・シェイクスピア
■上演台本・演出
フィリップ・ブリーン
■出演
大竹しのぶ、宮沢りえ、成田 凌、生田絵梨花、鈴鹿央士、
西尾まり、大場泰正、松田慎也、和田琢磨、
井上 尚、吉田久美、比嘉崇貴、青山達三、
横田栄司、安藤玉恵、勝村政信、山崎 一
<ミュージシャン>
会田桃子(Vla.)、熊谷太輔(Perc.)、平井麻奈美(Vc.)
▶▶オフィシャルサイト
|日時|2025/11/08(土)~2025/11/16(日)≪全9回≫
|会場|SkyシアターMBS
▶▶公演詳細
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