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神とは、人間とは?風間俊介出演の「フロイス ーその死、書き残さずー」が開幕中!

2025/3/30

公演レポ

こまつ座 第153回公演 『フロイス-その死、書き残さず-』

 舞台に剣のような一筋の光が差している。神父の黒服を着たルイス・フロイス役の風間俊介が浮かび上がった。口にするセリフは厳粛で、思わず居住まいを正して聞き入ってしまう。フロイスは1563年、31歳で長崎にイエズス会の宣教師として上陸する。彼の思う〝使命〟のため――。

 こまつ座の新作「フロイス ーその死、書き残さずー」が東京・紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演中だ。本作は、井上ひさしが遺した「わが友フロイス」と同じ、戦国時代に日本で36年間活動したポルトガルの宣教師フロイスを主人公に、井上ひさしに師事し、連続テレビ小説「らんまん」など映像でも大活躍する劇作家・長田育恵がオリジナルで手掛けた作品。彼女とタッグを組むのは、井上の作品を熟知している日本を代表する演出家・栗山民也だ。

 フロイスは、日本に長年住む宣教師のフェルナンデス(久保酎吉)の通訳を介し、貧しい娘のかや(川床明日香)や商人の惣五郎(戸次重幸)、農民のたつ(増子倭文江)、侍の道之介(采澤靖起)と出会う。領主の言いなりで重い年貢に苦しむ民衆や、男しか尊重されず、自らの意思はないと一括りにされる〝女・子ども〟など、「日本人はよく従う民族だから、改宗させるには、まず将軍や男から」だとフェルナンデスは言う。フロイスは「最も小さきものに寄り添うのが神の教え」だと困惑する。さらに、輪廻転生や八百万の神を信じる者が多い日本人の宗教観は、天国の存在を信じ一神教のキリスト教とは違う。

 フロイスは「湯のみも成仏し、前世や来世はあるのか?」と問い、観客を笑わせるが、日本に住めば普段あまり気にすることのない宗教観の違いをしみじみと考えさせられた。日本での布教活動は困難の連続だが、時の流れと共にフロイスはこの地に慣れ親しみ、ついに織田信長と謁見する機会が訪れる。

 こまつ座初参加の風間は、信仰というフロイスの芯になっているものを自らの身体の中に貫いて体現させている。神父としての言葉を信じないと、観客も何も信じられなくなる、真価が問われる役だ。時には静謐さすら漂い、セリフが祈りのように聞こえる。その一方で苦悶したり、欲望に抗ったりする一人のか弱き人間の姿も繊細に浮かび上がらせた。難役を演じきり、一皮も二皮もむけたようだ。風間は「静粛で、厳粛で、荘厳な空気の中、人間の願いや狂気、業が描かれている作品だと思っています。歴史の中に埋もれていった者達が希望を見出し、求め、進んでいった光とは。歴史に埋もれていった叫びとは。是非、劇場にお越しいただき、受け止めて貰えたら嬉しいです」と話している。

 井上の「わが友フロイス」は、1983年にラジオドラマとして、フロイスと彼を取り巻く聖職者らとの往復書簡の形式で書かれた作品だ。そこから42年を経て、井上の最後の生徒だった長田が今回のために書き下ろした。井上と長田はそれぞれフロイスの違う一面を捉え、描く史実のトピックスは同じだったり、違ったりするが、ユーモアや作品の深遠さは師弟ならではだ。長田は、戦国時代の声なき人々の声をすくい上げ、脇を固めるキャスト5人に託した。

 金儲けと成り上がることしか考えていない惣五郎は、現代の拝金主義者を見ているようだが、ここまで上昇志向がないと、戦国時代はなかなか生き残れなかっただろうとシンパシーも感じる。こまつ座初出演の戸次は、滑稽さを交えて惣五郎をどこか憎めない、ひょうひょうとした人物に作り上げた。戸次は、「稽古を重ねる程、あまりに表現する事が多いことに戸惑うこの作品。自分のスキルと台詞一行ごとに向き合ってる感覚は、久しくなかったです。役者として良い意味で苦労してます。その成果を必ず劇場でお見せ致します。『人間は、愚かな存在』。愚かだからこそ、足掻く……。今も昔も変わりません。この作品が、皆様が生きることへの、何かしらの刺激になることを祈って」と言う。

 今回が初舞台の川床は、真っすぐすぎるほどのフロイスへの思いや信仰心をひたむきに無垢に舞台にぶつけた。采澤は、侍の信条と人を殺めることのジレンマを、無骨に悲しみを持って表し、現在の戦時下の兵士を思わせる。ベテランの久保と増子は、フェルナンデスとたつの苦難の人生が立っているだけでにじみ出る力強さと熟練ぶりだ。二人の関係性もほほえましい。

 舞台セットは栗山らしく至ってシンプルだ。むき出しの舞台が、フロイスが乗る船になり、織田信長との面会の場になり、祈りや殺しの場にもなる。力のある物語と今回のようなキャストがいれば、セットに頼らずとも、観客は安心して、栗山が舵を取るその世界に向かって進んでいき、思考を深められる。彼の手腕で、声すら持たなかった女性や商人らそれぞれの立場の者が今と共鳴し、観客を突いて、信仰や国益、生死、殉教とは何かを問いかける。栗山は、「ずいぶんと遠くにいた人が、私たちと同じように思い悩み苦しむその姿を見ているうちに、すぐ隣でおしゃべりをしている人のように思えてなりません。人や自然をありのままに見つめ信じることで、人は一人じゃないんだと感じます。誰かのために手を差しのべる小さなことが、実は科学技術の輝かしい発展などよりもずっと大切だということを、改めて噛みしめています」と語っている。

 時代の流れが変わり、キリシタンの弾圧が進む中、苦しむ信者たちは「なぜ、こんな世界に? 神は本当にいるのか?」とフロイスを問い詰める。戦争や災害が絶えない世界で、その根源的な問いは観客の問いにもなり、空気が張り詰めた。その答えに心が震える。ここはぜひ劇場で聞いてほしい。それほど稀有な場面だった。

 戦乱の日本を36年間見続け、鋭い観察力で「日本史」を、手が黒インクで染まり、手足が痙攣するまで書いたというフロイス。その「日本史」は、イエズス会の巡察師から文章が長すぎると突き返されたという。書くこともフロイスの「使命」であり、それは井上、長田へと引き継がれた。そして栗山とキャストが作品に命を吹き込み、温かい光となって観客に渡されるのを感じた。

文:米満ゆう子
撮影:福岡諒祠

 

こまつ座 第153回公演
『フロイス-その死、書き残さず-』


■作
長田育恵
■演出
栗山民也
■出演
風間俊介 川床明日香 釆澤靖起
久保酎吉 増子倭文江 戸次重幸

▶▶オフィシャルサイト




大阪公演

|日時|2025/04/25(金)~2025/04/26(土)≪全3回≫
|会場|シアター・ドラマシティ
▶▶公演詳細

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