2025/1/15
インタビュー
――「王様と私」を下敷きにしたマキノノゾミさんのウェルメイド作品です。
「明治19年の東京で、白河義晃子爵という殿様が時代の変化や流れに乗り切れず、時代遅れだと揶揄される。「じゃあ、討ち入りだ」という考え方なんですが、息子に「今はもうそんな時代じゃない」「鹿鳴館に行って、ダンスで勝負したらいい」と諭される。それを真に受けて、アメリカ人女性からダンスの特訓を受けるところから始まり、様々な人間模様が絡んでいく物語です。」
――オファーを受けていかがでしたか。
「2007年の初演は残念ながら見ていないんですが、台本を読んでマキノ君らしい作品だなという印象が強く、喜んで引き受けさせてもらいました。」
――マキノさんらしいところとは?
「マキノ君が主宰する劇団M.O.P.をよく見ていたんですが、正々堂々と、シリアスに喜劇をやる作風だと僕の中では思っていて。カッコよく笑わせて、やっぱりカッコよく決める。そのカッコよさをすごく大事にしている。今回もそういうのが綿密に表れている作品だなと思います。」
――西洋化についていけず、酒に溺れる殿様ですが、共感するところはありますか。
「ここ10年、20年ぐらいの急激な時代の変化についていけず、僕も毎晩酒をくらっていますので、非常によく分かります(笑)。例を挙げると、ハイテク機器はすべてダメですね。僕、パソコンを使えないですし、スマホも10個ぐらいしか機能を使えていない。若い人たちのドンドン短縮していく流行りの言葉は理解しようとはしますが、受け入れようとはしていない(笑)。20年ぐらい前は何とかギリギリついていけていたのかもしれないですけど、年々年々、差が開いていって、20年分は確実に離されているなという現状ですね。」
――まさに殿様ですね。
「僕にもダンスで勝負しろっていう、背中を押してくれる人がいたらいいんですけどね(笑)。」
――殿様の人物像についてはどう思われますか。
「子どもたちや家臣を守りたいという父親としての強い愛情を感じました。色んな行動を起こすんですけど、それは家臣や娘のためだったりして、そこが人間らしくてすごく共感できますね。また、いい年をした子どもみたいな存在だという気もしていて。時代の流れに乗れない、わがままなところが子どもっぽい大人。そこがかわいかったりもするので、うまく表現できればいいなと思います。面白さや人情味あふれる部分と、シリアスなところが対極にあってすごく面白い作品です。」
――ダンスの練習はされているのでしょうか。
「それはですね、していないですね(笑)。僕の考えですが、練習はしないでおこうと。劇中で、踊れない殿様が少しずつ踊れるようになっていく様を、これから始まる稽古で体感したいなと思っているんです。事前にやってうまくなると、今度は下手に見せる芝居をしないといけなくなるのが嫌なんですよね。」
――映画版や舞台版の「王様と私」で、王様を演じたユル・ブリンナーは意識されていますか。
「めちゃくちゃしていますね。映画の、王様が見事に踊っているシーンを強烈に覚えています。あそこまで鮮明にいくか分からないし、彼のように坊主頭にするかも分からないですが(笑)。」
――その殿様にダンスの訓練をするアメリカ人女性のアンナを水夏希さんが演じます。
「台本ではすごく厳しい先生で、僕の中の水さんの印象はまさにそのままなんです。背も高くて、すごく存在の大きい方で、見ていて圧倒されたので、その感じのまんまお会いできたらうれしいな。もうビシビシ厳しくやってほしいです(笑)。」
――マキノさんはいつもどんな演出をつけられるのでしょうか。
「とっても穏やかですよ。始めに大枠でこんな感じでやりましょうと。それから、段々細かくなりますね。最初から細かいことを言うのではなく、役者が分かりやすいように少しずつ細かいところへ持っていくという、丁寧な演出です。役者のアイデアも良かったら、「それやりましょう」と取り入れる、すごく柔軟な人ですね。」
――今回、マキノさんとのお仕事で楽しみにされていることは?
「前回がもう16年ぐらい前で、すごく作品が良かったですし、稽古期間がやたらと楽しかったのを覚えているんです。彼もお酒好きですし、僕もそうなんですけど、稽古の後は飲みに行って、熱い演技論ではなく、稽古場では伝わらなかったことや作品について話す時間がすごく有意義だったんです。まだ直接話はしてないんですが、「稽古は早めにあげたほうがいいんですよね?」とマキノ君が言っていると伝わってきて、「どうしてですか?」と聞いたら、「升さんは絶対飲みに行くでしょう」と。マキノ君もだよ(笑)。」
――今回は、演劇関係者が松本市に滞在しながら作品を作る「まつもと市民芸術館」のプロデュースです。東京を離れて松本で作品に向き合うことはいかがですか。
「映画の撮影と似ているところがありますね。現地に長く滞在することで、土地の人と知り合ったり、地元の食べ物を食べたりとか、すごくなじんでいき、その街の人間に近づいていけるのがいいですね。」
――今年でデビュー50年目ですが、どんな俳優人生でしたか。
「うーん、まぁ、よくここまで来られたなと素直に思っています。ひとくくりにできない50年だったという気がしていて。僕は役者をスタートしてから、10年周期で色んなことが起こるんですけど、それを意識したのが50歳。次の60代で何か一つ転機があって、そこからの10年で生きてきて、次は70からのまた10年がスタートするという感覚ですね。」
――その中で一番濃い10年は?
「それはさすがに素人がお芝居を始めた10年、次の経験を積んだ10年というところですね。少なくとも、その10年単位で少しずつ進歩しているかなと感じられる。どの10年がというのはあんまりないですね。ちょうど東京に出て30年ですが、役者として生き延びてきて、色んなことがあった10年の積み重ねでした。その前はそこへ行きつくための10年と、次の10年だったなと受け止めています。」
――70歳からはどんな10年にしたいですか。
「そこですよ(笑)。衰えないで少しでも進化していくために何か新しいことにチャレンジするとか、今までやっていないことをやってみるとか、そういうことを常に意識しながら進化できたらいいのかなと。2016年に佐々部清監督の「八重子のハミング」で映画初主演をやらせていただきまして、僕の中でも亡くなった佐々部監督の、宝物のような作品なので、一人芝居で舞台化したいなと。まずは朗読劇にしようと動き出しています。」
――最後に、「殿様と私」では、東洋と西洋が摩擦と衝突を繰り返しながらも共存していこうとする様が描かれていますが、升さんは現代の世界と比べてどう思われますか。
「幕末から明治の時代に生きていたわけじゃないので、感覚なんですけど、この時代は自分が何かをすることによって、何とかなった気がするんですよ。明治維新というのはまさにそうで、一人ではできないんですが、同志が増えていくことであんな大きなことができるよと。今は手が届かなくなってきているなと感じています。誰が戦争や紛争を止められるの?という…。実際に自分が身を投じて何かができる確信も自信も持てない。どなたか救世主が出てこない限り、きっと変わっていかないんだろうな、もっともっと悪いほうに行ってしまうという危惧がある時代だと思っています。この作品で、自分にはこれが足りないけど、何かできるかもしれないと皆さんに感じていただければ。世界を動かすことはできないですが、希望というか、力を送れるんじゃないかなと思っています。」
――大阪で長く活動されていた升さんにはなじみがある近鉄アート館で上演されます。
「僕の芝居のベースは大阪にあり、近鉄アート館は特に思い入れの深い、劇団時代から使わせていただいていたホールなので、喜びでいっぱいです。あのアート館だから来ましたというオールド層や、初めてですという人にもお越しいただければうれしいです。」
取材・文 米満ゆう子
まつもと市民芸術館プロデュース
『殿様と私』
■作・演出
マキノノゾミ
■出演
升毅
水夏希
久保田秀敏
平体まひろ
武居卓
喜多アレクサンダー
水野あや
松村武
▶▶オフィシャルサイト
|日時|2025/02/28(金)~2025/03/02(日)≪全4回≫
|会場|近鉄アート館
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