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【『GOOD』-善き人-】東京公演 観劇レポート

2024/4/11

公演レポ

舞台『GOOD』-善き人-

 佐藤隆太が主演を務める舞台「『GOOD』-善き人-」が4月6日、東京・世田谷パブリックシアターにて開幕した。本作は英国の権威ある演劇賞、ローレンス・オリヴィエ賞を受賞している演出家ドミニク・クックがC・P・テイラーの戯曲をリバイバル上演したもの。今回の上演では、翻訳を浦辺千鶴、演出を長塚圭史が手掛けている。

 物語の舞台はヒトラーが台頭し始めた1930年代のドイツ。ジョン・ハルダー(佐藤隆太)は、妻(野波麻帆)と3人の子どもたちを愛し、認知症の母(那須佐代子)の面倒を見ながらも、大学でドイツ文学の教鞭をとっていた。親友モーリス(萩原聖人)はユダヤ人で精神科医をしており、ハルダーにとっては胸の内を明かせる唯一の存在で、彼にだけは家族の問題や心の悩みを打ち明けられていた。そんな何気ない日常を過ごしていたハルダーだが、とあるきっかけで女子学生のアン(藤野涼子)に惹かれ、関係を持つようになる――。

 ステージは白い壁に囲まれ、床には大小さまざまな白いボックスが置かれており、上手の奥にはバンドの演奏ブースが用意されている。ハルダーは、楽団と歌手が日常のさまざまな瞬間に現れてしまう幻に悩まされており、バンドはシチュエーションによってさまざまな音楽を繰り広げる。

 物語は善良な一市民だったハルダーが、自らの意思とは別にナチスに取り込まれていくさまを描かれる。非常に重いテーマの作品だが、バンドによる生演奏の軽快さによって、ふとその重さが感じにくくなる瞬間があった。佐藤や萩原らが歌唱するシーンや、バンドメンバーが役者として振る舞う場面などもあり、扱うテーマとは裏腹に軽やかに物語が進んでいく。例え、その中に人生を変えるような重い決断があったとしても、軽やかだ。

 ハルダーはもともとナチスに入る気などまったくない。ユダヤ人の文化も認めており、ナチスの体制には批判的だ。だが、自身の論文がヒトラーに評価されれば喜ぶし、それで仕事が上手くいくならばとナチス党員にもなる。功名心を満たしたい、家族を大切にしたい、苦労から逃れたい、自分の安全を守りたい…そのひとつひとつの選択には、とても人間らしい素直さがある。

 だが、そんな選択を重ねているうちに、いつのまにかヒトラーの言葉がハルダーの言葉と重なっていく。結果的に親友を裏切り、妻も裏切り、いつの間にかナチスの中枢へと進んでいってしまう。葛藤があっても、もう戻れない。

 上演時間は3時間。休憩15分をはさむものの、主演の佐藤隆太は一度も舞台裏に下がることなく終始出っぱなし。主人公が観客に向けて語られるようなセリフも折々にあり、観客は傍観者ではなく主人公の知人のような感覚になってくる。ハルダーの選択を批判することもできるだろう。だがハルダーが見せた、人間ならば誰しも共感できる心の弱さに触れてしまうと、批判できない気持ちにもなる。主人公をそう感じられる存在にしたのは、佐藤自身が持つ役者としての魅力も大きく影響していると感じた。

 観劇後から、ハルダーはどこでどの選択をしていたら良かったのだろうかと想いを巡らせている。より良い選択はあったかもしれないが、やっぱり人は愚かなもの。ハルダーのような選択を迫られた時に、英雄でも何でもない自分が守りたいものは社会的な正義ではなく、個人の小さな幸せだ。果たしてそれは正しいのだろうか。自分自身が、誰にとっての”善き人”であるべきかを、今も考え続けている。

TEXT:宮崎 新之
PHOTO:中西 月緒

 

舞台『GOOD』-善き人-

■作
C.P テイラー
■翻訳
浦辺千鶴
■演出
長塚圭史

■出演
佐藤隆太 萩原聖人 野波麻帆 藤野涼子 北川拓実
佐々木春香 金子岳憲 片岡正二郎 大堀こういち 那須佐代子

▶▶オフィシャルサイト

大阪公演

|日時|2024/04/27(土)~2024/04/28(日)≪全3回≫
|会場|兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

▶▶公演詳細

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