2024/2/28
インタビュー
――まず6時間半演じてみていかがでしたか?
「俳優人生の中で6時間半の大作は初めてなんです。初日を終えた後は今までに感じたことのない疲労感でした(笑)。普段だったら、前篇が終わった後にキャストと「お疲れさま」と声を掛け合うんですが、今回は一切なかったです(笑)。その後に後篇があることを皆、分かっているので。とても丁寧に作品を作ってきましたし、千秋楽まで皆で集中して終わろうと団結してきました。こういう役者冥利につきる経験ができて本当にうれしいですね。
ゲイコミュニティやHIVなど重たい話題だと思うかもしれませんが、社会問題や現代のHIV事情がきっちりと描かれている。演出の熊林弘高さんが重たいシーンの中にもユーモアを入れているので、観やすい舞台になっていると思います。大阪公演は、前篇と後篇の間に2時間弱ぐらい間があり、お茶でもしてもらったら、6時間半という数字の感覚よりは、あっという間にお客さんも観られると思います。」
――熊林さんと一緒にどういう方向性で作り上げていったのでしょうか。
「最初の1ヶ月は皆で台本の読み合わせや、知らない単語、世界観の勉強会をしました。とても丁寧に段階を踏んでくれる方なので、立ち稽古でも台本に描かれている本質を失わないように、嘘がないように作っていきました。少しずつ言葉を削っていったり、ここは自由にやってくださいというシーンもあったりと役者が停滞する気持ちのない稽古場でしたね。ユーモアのあるシーンは楽しんで、熊林さんとコミュニケーションを取りながら、いいクリエイティブな時間を味わわせてもらいました。」
――80年代の同性愛やHIVをめぐる闘いを描いた6時間を超える大作「エンジェルス イン アメリカ」も昨年、日本で上演されました。この作品やほかにも同じようなテーマを描いた作品を観た方がいいというアドバイスはありましたか。
「「エンジェルス~」は、全部は見られなかったんですが、さわりを観たり、ドラマ「ノーマル・ハート」、映画「ブロークバック・マウンテン」を観たりしました。観てくださいとは言われてないんですけど、当たり前のようにキャスト同士で参考になる作品の話をしていて。80年代のHIVの初期の頃を描いたドキュメンタリーなども観て、今回に生かしました。原作者のマシューさんが「ハワーズ・エンド」をリスペクトして書いているので、分からない時は、熊林さんが「ハワーズ・エンド」を読み返して教えてくれる。僕はあえて「ハワーズ・エンド」は読まなかったんですけど。」
――マシュー・ロペスさんが来日されていましたが、どんなお話をされましたか?
「マシューさんは書くにあたって、こんなに長い戯曲になるとは思っていなかったそうです(笑)。書いている時は孤独な作業だったけど、世界各国で上演された時に初めて共同作業をしている気持ちになったと。日本版を観て「勉強になって新しい感覚をもらった」とおっしゃっていました。
また、僕が演じるエリックは、皆に気持ちをぶつけたくても言えない。バランスをとって、自分の気持ちに蓋をしてしまう瞬間が多いんです。マシューさんから「稽古中にすごくストレスがたまったでしょ」と(笑)。「最後の最後までエリックを演じきった時に、初めて彼が分かるかもしれない」と言われて、その感覚がいまだにあるかなと思います。とてもいい時間でした。」
――そのエリックについて教えてください。
「この作品は一冊の本ができあがるまでのように、物書きの視点で描かれているんです。冒頭から「エリックは特別だとは思っていない、凡人だと思っている人」と書かれていて、それが僕の中のキーになっている。エリックの恋人の劇作家トビー(田中俊介)や、後にエリックが結婚する億万長者のヘンリー(山路和弘)は強さを感じるキャラクターなんですが、エリックは映画や音楽など芸術に触れて、皆と楽しい時間を過ごすのが好きな人。特別なことをしているわけではない、どこにでもいる芸術好きの男の子が、失恋したり、別れを経験したりしていく中で、自分の生き方を見つける成長期だと思っているんです。
また、彼にはバランサーや中間管理職という言葉が合っていて、不穏な空気やピリピリした雰囲気になると、話題を変えて皆をハッピーにさせる人ですね。そこがエリックの生きづらい部分でもあるけど、優しい部分でもあるんです。」
――難しかったところや共感できるところは?
「バランスを取り、場の空気を和ませるところは僕自身、ある人なんです。今、皆さんは感じてないかもしれないですけど(笑)。そこはエリックに似ていて。もっと読みほどいていくと、彼はとても愛情深いんですね。愛を感じるために恋人とのセックスは不可欠で大事にしている。けれど、結婚するヘンリーは60歳でエイズ時代を経験しているゲイで、セックスをすることで人が死んできた。大事な人ほど触れられないんです。エリックは愛を確かめたいのに、ヘンリーはそれが怖くてジレンマ。それでも結婚というものを選んでしまう弱さ。6時間半の中で、そのシーンでセリフをぶつけていたら、ああそういうことかと気づいて、リアクションが変わっていったんです。そこは大変でしたけど、シーンを作っていくのが面白くてとても力を入れました。」
――ほかにここは見てほしいと思うシーンはありますか。
「今まで、人間が爆発してしまう瞬間というものを演劇でやってきたんですが、エリックって爆発しないんです。それが何よりもこの人の強さであり、人間性でもある。全編を通して、エリックの立ち振る舞いや人としてのあり方みたいなところが面白いと思いますね。
コップの中の嵐は心の中にあるけど、決して出しはしない。怒りや不条理を感じているけど、出さないで蓋を閉めている瞬間が多々あり、そこが魅力であり見せ場ですね。あと、もっと分かりやすいシーンで言えば、僕が脱ぐところですが(笑)。随分、この役のために絞ったので。でもそこではなくもっと深いところで感じてもらえたら嬉しいなと思います。」
――どのぐらい絞ったのですか?
「7、8キロぐらいは減ったかな。朝、体重を測ると60キロを切っていて。田中君がすごくいい体をしているので、同じような体を作るよりは、違う体つきになれたらなと。そこが僕の美意識でムキムキにはしたくなくて。たいしたことはないんですが(笑)。」
――この作品を通して考え方に変化はありましたか?
「僕は83年生まれで、ちょうどHIVが拡大し始めたぐらいの年に生まれたんです。HIVを扱った日本のドラマを小さい頃に見ていたり、ミュージカル「RENT」にも主演したりしましたが、とても死のイメージが強い言葉だったんですね。今もエイズと聞いたら死ぬ病気だと思う人がまだいっぱいいると思うんですよ。僕もその怖さは体に染み込んでいたんです。
「インヘリタンス」は2015~18年の最近の医療事情やエイズの治療や予防の方法も描かれています。上演するにあたって、医療従事者やエイズ患者の方が来てくださって、キャストやスタッフ全員で勉強会をしました。今は月に1回、最先端の治療では2ヶ月に1回薬を接種するだけで大丈夫。ウィルスが増殖しないようになっているし、コンドームなしで普通にHIV陽性の患者と陰性の人がセックスしてもうつらない。そこはどうしても伝えたい情報です。コロナもそうでしたが、嫌悪感や偏見は知らないから持つものだし、HIV陽性ですと聞いて、変な偏見を持たなくていい時代や世界になっている。それは作品にかかわって知ったことですし、皆にも知ってほしいなと切に思います。
同性愛者やLGBTQが抱える問題はいまだに答えは出ないんですが、作品の中にあるのは寛容さ。僕も寛容という言葉を今後の人生で大事にしていきたい。人は皆、違うんだ。違うからといって恐れたり、偏見を持ったりすることが実は不寛容だと教えられました。HIV陽性者だから、同性愛者だからといって人間的に否定するのはあまりにも不寛容だと。この作品で人が人を思う時の優しさ、寛容さが広がったらいいなと思います。」
――最後にメッセージをお願いします。
「どうしても観に来てほしい作品です。なかなか腰が上がらないかもしれないけど、人生の中の皆さんの6時間半を僕たちにくれませんか?明日から考え方やいろんな受け取り方が変えられる作品だと思うので、ちょっと重い腰を上げていただけると、新しい景色が見えると思います。ぜひ、観に来てください!」
取材・文 米満ゆう子
「インヘリタンス-継承-」
■作
マシュー・ロペス
■演出
熊林弘高
■出演
福士誠治、田中俊介、新原泰佑、柾木玲弥、百瀬朔、野村祐希、佐藤峻輔、久具巨林、山本直寛、山森大輔、岩瀬亮
篠井英介 / 山路和弘 / 麻実れい(後篇のみ)
【大阪公演】
|日時|2024/03/02(土)前篇12:00 / 後篇17:00
|会場|森ノ宮ピロティホール
▶▶公演詳細
▶▶オフィシャルサイト
\関連記事はこちら/