2023/11/22
インタビュー
――昨年発表されたアルバム『Changing Point』は、80年代や90年代に欧米で流行ったAOR、ポップスなどを彷彿とさせる作品でとても懐かしかったです。この時代は藤澤さんはまだ子どもだったのでは?
「父が声楽家、母がカラオケ教室の先生だったので、AORやポップス、ジャズ、クラシックなどを聞いて育ったんです。自分の年代の音楽をあまり聞いてこなかったですね。洋楽に傾倒したのは、高校1年生の時サマースクールで行ったカナダでの体験がきっかけです。セリーヌ・ディオンの『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン』が大ヒットした年で、彼女に衝撃を受け、一気に洋楽にのめり込みました。R&Bのリズムやフェイクとかが好きで、よくスティーヴィー・ワンダーのフェイクを真似したりしていたんです。自分でもAORみたいな楽曲を作りたいなと思っていて、松井先生とお話をしたら『じゃあ、作ろう』と」
――ポップオペラは封印されたのでしょうか。
「これからも続けていくとは思うんですけど、今はオリジナルを作りたいんです。曲を書けるんだから書いてみようと。松井先生から色んなアイデアをいただいて、先生が僕を作曲家にしてくれましたね」
――二人でどのように作っていかれたのですか。
「松井先生との場合は、常に歌詞が先に出来上がっています。洋楽のカタログみたいに、こういうイメージでというのが先生から送られてきたり、僕も送ったり。『こんな曲調で懐かしい感じのせつないメロディ』『あんなテンポ感にしたい』などとやりとりしつつ、歌詞からインスピレーションが湧いてきてメロディを作ることもあるんですが、最初はやっぱりダメ出しですね(笑)」
――どんなダメ出しがあるのですか。
「『これは月並みでほかの曲に似ているね』と言われました(笑)。コードの意表を突いたり、変えたりしながら、必ず横に松井先生がいらっしゃって、『ここはこういう風にしたらどうかな』とアドバイスをもらいながら1年かけて作りました」
――松井さんはどのように歌詞を作られるのですか。
「僕は5mメールと呼んでいるんですが(笑)、『こういうイメージで』と書き連ねて送ったら、すぐ詞にしてメールで送ってくれるんです。本当に書かれるのが早いんですよ」
――すっと耳に入ってくる歌詞と、こんな表現、松井さんしかできないというものが織り交ぜてあるのが特徴ですね。
「まさにわびさびですね。松井先生の世界観に誘われてメロディになっていく。この業界は曲先(作詞より作曲が先に出来ていること)が多かったりするんですが、先生の詞が先なのは、そのほうが結果がいいからなんです」
――どういう思考回路でこんな歌詞が出てくるのでしょうか(笑)。
「曲のイメージを話している瞬間に、先生は歌詞を書いていると聞いたことがあります。僕のメロディはすぐに出てくる時と、出てこない時がありますね。生みの苦しみが大きい時も」
――そんな場合はどうされるのですか。
「がっつり変えるんです。一度書いた曲を破くというか。そこまでのものだったんだなと切り替えることが大切ですね」
――悲しい気持ちの時に、悲しいメロディが出てくるなど、藤澤さんご自身の感情に伴って降りてくることもありますか。
「悲しい時は意外と明るい曲が出てくるので、逆ですね。悲しい悲しいと言っていても仕方がないかなと。それだったら悲しさを消化する曲を作ったほうがいい。昔は違いましたけどね」
――『Changing Point』では藤澤さんの歌い方がポップオペラとは違います。
「技術的にいえば、ベルカントというオペラの発声法を使っていないんです。今回は、わりとフルコーラスで同じ歌い方ですね。突然、歌い方を変えるのが僕のセールスポイントでもあったんですけど、オリジナル曲では歌い方もポップスの歌い方に徹したいんです」
――難しくないですか? 例えば、ミュージカル界の人がポップスを歌うと、どうしてもミュージカル調になることがあります。
「難しくはないですね。僕は声楽出身なので、オペラのアリアのほうが喉に負担がかからず楽なんですよ。実はそのほうが声帯は守られる。曲のイメージがあるのでクラシックの発声にはしたくなくて。僕のポップスの発声は地声でストレートなんです。セリーヌ・ディオンから入ったのもあって、ポップスの歌い方は好きなので、そんなに苦労はなかったですね」
――セリーヌ・ディオンはそれほど衝撃だったのですね。
「後にも先にもあんなに衝撃を受けたのは彼女だけです。歌唱力はもちろん、旋律やコード感、フェイク、表現力など、動けなくなるぐらいでした。ラスベガスまでセリーヌの公演を10回ぐらい見に行きましたね」
――『Changing Point』はコロナ禍で日本を励まそうという思いもあったそうですね。
「そうですね。僕の曲は今まで皆で一緒に歌うものがなかったので、アップチューンの『Yes I do-キスはまだ終わってない』では、会場で、ちょっとした振りをしながらコール&レスポンスをして、一気に観客と僕が一つになる時間があるんです。コンサートでははずせない一曲ですね」
――ゴスペル調の『Behind the sky』は“まだ生きていない明日に 怯えても怯えてもしかたない”、シンプルなロック調の『Return to Life』は“生きるために生まれた ただそれだけのことだ”という歌詞があり、なぜ、生きているのか悩むこともあると思うんですが、それに対してスポーンと答えをくれる曲ですね。
「僕の歌に勇気づけられると言ってくださるファンも多いんです。音楽は国を動かしたりする力はないと思うんですが、人の心を動かす一番の処方箋だと。言葉や曲でその人の人生が少しでも豊かになってくれれば、アーティスト冥利につきますね。特にこの2曲は人生を謳歌する歌で、僕自身もエネルギーをもらっています」
――また、『Ambivalence』はビッグバンドのようです。
「スイングしていますよね。ジャズのスタンダードナンバー「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」みたいに歌ってスイングしたくて、ホーンセクションも入れました。スイングのリズムの取り方は微妙にポップスとは違い、そこは苦労しましたね。セリーヌみたいに、最初はフェイクをガンガンに入れて歌っていたんですけど、「そんなヒステリックな主人公ではない」と松井先生から言われ、フェイクはカットされました(笑)」
――最後にコンサートについて教えてください。
「アコーディオンとピアノとパーカッションのアコースティックな、ちょっと変わったスタイルでお届けするので、今までの曲をリアレンジします。『Changing Point』をはじめ、カバー曲、僕のピアノの弾き語りを披露します。もちろん、ポップオペラも歌いますよ。クラシカルな会場ですけど、カジュアルで、観客とコール&レスポンスで歌うような場面を作りたいなと思っています。とにかく気軽に楽しんでいただけたら嬉しいです」
TEXT:米満ゆう子