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【インタビュー】シス・カンパニー公演 「ヴィクトリア」藤田俊太郎

2023/7/5

インタビュー

シス・カンパニー公演 「ヴィクトリア」

演出家・藤田俊太郎が語る、大竹しのぶ×ベルイマン
世界一の女優がヴィクトリアに魂を宿し息吹を与えた

大竹しのぶが21年ぶりに一人芝居に挑む「ヴィクトリア」が、関西でいよいよ開幕する。本作は20世紀の映画界の巨匠イングマール・ベルイマンが1990年、自身の演出でラジオドラマとして発表した作品。大竹演じる主人公のヴィクトリアが、過去と現在を行き来しながら、幻想と現実を交えたかのような独白を続ける物語。演出を手掛けた、演劇界で躍進を続ける演出家・藤田俊太郎が、20代のころからの知り合いだという大竹の魅力や、「好きというのはおこがましい」というぐらい、人生に決定的な影響を与えたベルイマンをはじめ本作について、余すことなく語った。

――まず、先日行われた東京公演の手ごたえをお聞かせください。

「とても集中力を要する1時間10分で、大竹しのぶさんの言葉を浴びたお客さまが、終演後、興奮した面持ちで、喜びと開放感を持って帰っていただいている印象です。とても鮮烈で悲しくて美しい、舞台でしか表現できない言葉を大事にした作品になっていると思います。ベルイマンがずっと映画や舞台にしたかった作品で、これを大竹さんという控えめに言っても〝世界一〟の女優さんが2023年にヴィクトリアという役に魂を宿し、確かな息吹を与えてくださいました。」

――作品について教えてください。

「20世紀を生きた女性ヴィクトリアの幼少期からの生涯が詰まっています。彼女は幼少期のコンプレックスや大事な人物からの裏切りなど、喜怒哀楽の激しい人生を乗り越えて生きている。つらいというだけではないメッセージがこの作品には込められていて、その普遍性は、現代の世界を勇気付けるような力に満ちあふれていると思います。」

――大竹さんとは何を大切にしながら稽古されたのですか。

「どれだけ削ぎ落としてシンプルにするかでした。この作品ほどお客さまの想像力に委ねるものはない。上演中、音楽やシーンチェンジはほとんどないんです。いかに言葉と向き合い、シンプルにして、ヴィクトリアの言葉がお客さまの想像力を喚起させるか。プリミティブな、いつまでもなくならない演劇の魅力と向き合うことを課しました。
 座組の一体感は素晴らしくて、大竹さんからたくさんのアイデアをいただきましたし、カンパニーのスタッフやプランナーの皆さんの意見を、大竹さんのフラットな目線から一緒に作っていこうと。色んなアイデアを試していく刺激的な共同作業でした。固定観念に固執するのではなく、皆の想像力やアイデアを摘み取ることなく作ることができたと思います。」

――具体的にはどのようなアイデアでしたか?

「例えば、音響やシーンチェンジは「こういう音で」とアイデアがあっても、タイミングや音の種類でいくらでも変わる可能性があるんです。こうだと決めることなくアイデアを出し続け、実験して出来たものになりました。また、翻訳は、ある日はセリフが理解できたと思っても、次の日にはまた違う解釈が出てくることもありますから、翻訳家をはじめ皆でアイデアを出し続け、芝居をつくりながら検討していけた。そこも稽古場の魅力でしたね。」

――大竹さんは、「(藤田)俊太郎が蜷川幸雄さんの弟子だった20代のころから知っている」と別日に設けられた取材会で言われていました。稽古場では一対一でどんな感じだったのでしょうか。

「質問の答えにはなってないかもしれないんですけど、僕は20代で大竹さんと出会い、20年以上の時が経った今、こうやってご一緒できる巡り合わせというのは、幸せなことだと思うんですよ。僕が20代の時から大竹さんは私たち全員に対してフラットで、変わらないんですよね。自分の表現に対しては厳しく追求される方ですが、他者に対しては「どう思うの?」と全員に聞いてくださる。変わらないことがすごく素敵だなと思います。」

――20代のころに見ていた大竹さんと、今お二人で組むというのはいかがですか。

「演出助手をやり始めた僕に対しても「どう思う?」と聞いてくれた、唯一、いや、そう言うとほかの人に怒られますね(笑)、〝唯二、三〟の人です。すべての人に対してフラットなのは絶対的な自信があるからだと思います。当然ですけど。その聞いた意見を受け入れられることもあるし、そうでない時もある。ずっとそんな関係でいたいと思います。」

―― ー対一と、藤田さんが演出された「ジャージー・ボーイズ」のように大勢のキャストで作る場合と、どう違いますか。

「また不可思議なことを言いますけど(笑)、全く違うけど全く同じです。ものを作ることにおいては何も変わらない。俳優さんと一対一の関係性を構築していくのは何も変わらないと思います。ただ、一人芝居でも大竹さんは毎日違うので、何百人の方と接したぐらいの気持ちですけどね(笑)。すごくクリエイティブでチャーミングで、時にすごく厳しくて、喜怒哀楽が人生の中にある方で、僕らや周りにいるスタッフが全員魅了されてしまうわけです。大竹さんのためだったら何でもしたいと、全員が思っていると思います。皆好きになるし、虜ですよね。本当に大竹さんとものを作ることは楽しいですし、僕らが見たことがない景色に一緒に連れて行ってもらえる方だなと思います。」

――とても刺激的なことですね。

「大竹さんが毎日、芝居のアプローチを変えることで、すごく稽古場は豊かになります。スタッフがSE(音響効果)のタイミングを1秒変えただけで、作品に影響を与え、それが喜びになる。そこが大竹さんの魅力じゃないですか。「シェイクスピアはわれらの同時代人」という本があるように、私たちと同じ目線で影響を与えてくれるといいますか、私たちみたいに後から入った演劇人に対しても同じ目線で「同時代人」と思ってやってくださる。私たちの誇りになりますよね。」

――ヴィクトリアを演じる大竹さんについてはどう思いますか。

「これまでも、大竹さんの力によって、息を吹き返し、新たな魅力を作り出した役はたくさんあると思うんですよ。ヴィクトリアもその一人。大竹さんは常にお客さまのことを全身で意識している稀な俳優だと思うんです。その日の劇場の空気は、毎回、全く違うわけですが、毎日違うお客さまがいて、どういう影響を自分に与えるかを誰よりも分かっていて、その日の劇場の空気を全部呼吸して役に取り込むことができる。お客さまが発する空気が違えば、全く違う芝居ができる女優さんですね。
 特にヴィクトリアは精神を病んでしまった女性の狂気を描いているように思われるんですけど、合わせ鏡のように女性の可愛らしさやチャーミングさも描いていて、大竹さんはその狂気とチャーミングさを同時に表現することができる。「鏡の中の女」というベルイマンの映画がありますが、人間とは多面的であると映画で表現できたとしても、演劇で違う人格を瞬時に出すことができる人はなかなか稀だと思うんです。だからこそ、私たち観客は特別な時間を体験したいし、大竹さんの虜になり続けるんじゃないかなと思います。」

――ベルイマンはすごく影響を受けて、好きな監督なのですか。

「好きかと聞かれると、正直、好きとかそういうレベルではない。好きというのもおこがましいぐらい自分の人生に決定的な影響を与えた表現者です。10代のころから映画館やレンタルビデオで作品を見て、感銘を受けましたし、強い影響を受けて自分の細胞にたくさん入っています。好きというよりは、特別な存在ですね。僕は映画が好きで、ベルイマンをはじめフェリー二や黒澤明は夢中で見ました。ベルイマンは美しい構図の中に人間が生きる、人間そのものの姿を描いているので、表現者としてそんな作品を作りたいなと思っているんです。
 また、バランスですよね。映画人でもあり、演劇人でもあるというのが、おこがましいんですが、自分が目指す理想形だと思っているんです。ベルイマンは演劇と映画という二つのメディアは全く違っているものだと分かっていながら表現し続けた。晩年、演劇人として生涯を終えたということも含めて、非常に憧れを持っていました。ベルイマンと呼び捨てにするのが生意気だと思うぐらいです(笑)。彼の作品に挑戦できる日が来るとは想像すらしていなかったです。しかも映画化されずラジオドラマとしてスタートした作品の日本初演を担うことができるという機会を得た。プロデューサーの北村明子さんが「演出してみませんか」と言ってくださり、即答で「やります」と。こんな幸運で不思議な人生の巡り合わせってあるのかなと思うぐらい、自分が憧れ続けた監督の、あまり上演されていない戯曲と向き合うことができた。実はこの作品のことは知らなかったんです。」

――ヴィクトリアは大竹さんしかいないと。

「すべての方が異論なしだと思うんですけど、世界中で大竹さんしかいない。観ていただけたら納得すると思います。この作品をほかの俳優で見たいと思わないぐらい圧倒的です。」

――作品についてはどうですか。

「「ヴィクトリア」は、ベルイマンのキャリアの中間に位置するのではないかと。初期のモノクロから後期のカラー作品まで、彼の作品はものすごく遍歴がある。その価値観の遍歴や女性の美しさの変容の描き方が見事だと思いました。神や大きな存在、もしくは確かなる存在が揺らいだのが20世紀だと考えると、個人史的にも世界史的にも、その真ん中を突っ切ったのがベルイマンの映画ではないかと思うんです。スウェーデンという国で神が揺らぎ、絶対的なものが揺らいで、個人はどう生きるか、世界はどこに進むのかというのが20世紀の混迷や混沌で、その格闘を見事に描き切ったのがベルイマンだと思います。ヴィクトリアという一人の女性の生き様がまさに、20世紀の走馬灯であり、女性の価値観の個人史だと思いました。
 ラストシーンは暗く、混迷し、収束していくのではなく、言葉の希望を託しました。かすかではありますけれど。小さな女性の希望を託し、それがヴィクトリアの中でも表現されているんです。そのかすかな希望は大竹さんにしかできない表現で、ほかに例がないんじゃないかなと思うほどのラストシーンになりました。今、描くべき女性のすべてが入っていると思います。この作品は人間賛歌であり、女性賛歌だと思います。ぜひ、劇場で体験していただきたいですね。」

――そこまで思い入れがあるベルイマンと大竹さんなら、藤田さんご自身の手ごたえは?客席で見て、感無量だったりしたのですか。

「感無量というよりは、まだ未来があるなと思えるぐらい毎日大竹さんが変わっていくので、終わりはないですね。東京公演では大竹さんは初日と二日目では全く別の表情を見せています。僕自身は、毎日震えるような気持ちで見て、この作品がドンドン成長していくことに喜びを感じています。大竹さんのあくなき挑戦と、あくなき求心力がこの作品を成長させ続けていく。喜びにあふれたおそろしいほどの成長を遂げている。僕も感動して追いつくのが精いっぱいな状況です。自由度の高い1時間10分ですから、兵庫、京都、豊橋では全く違うものになっていると確信しています。どの公演を見てもいいぐらいの価値がある。一演劇人として、本当に目撃していただきたいし、見逃してほしくないですね。」

取材・文 米満ゆう子

  

シス・カンパニー公演
「ヴィクトリア」
 
■作
イングマール・ベルイマン 
■演出
藤田俊太郎
■翻訳
肥田光久
■出演
大竹しのぶ

神戸公演

|日時|2023/07/05(水)~2023/07/06(木)≪全2回≫
|会場|兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

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