冴えない男子高校生が、コンピューター入りの錠剤を飲んで、〝イケてる〟男子に生まれ変わる。しかもそのコンピューターには人格があり…。Hey! Say! JUMPの薮宏太が、イケてないオタクが人気者に変わっていく様を見事に演じ分け舞台上で表現するポップで型破りなコメディタッチのミュージカル『BE MORE CHILL（ビー・モア・チル）』 が東京で幕を開けた。

舞台には、眼鏡をかけて背を丸めた薮演じるジェレミーが登場。アメリカのニュージャージーに住む彼は学校の女子から「キモい」、男子からも「触るな、でくの坊」と言われるいじめられっ子だ。冒頭からジェレミーが、どうやったらいじめられないか、生き残れるかを歌うナンバー「生き延びたい」は切実だ。学校や職場などの閉鎖的な社会で、似たような思いを抱えた人は多いだろう。学生時代の様々な自分がフラッシュバックする。

ジェレミーの強い味方は、親友のマイケル（加藤清史郎）だ。「テクノロジーのおかげで、僕らみたいな弱い人間でも生き残れるようになった。もっと楽しもうよ」とオタクを極めるマイケルは前向きだ。二人でゲームをしながら歌う「二人プレイ」は、薮と加藤の息がピッタリと合い、心が和む。
　しかし、同級生のクリスティン（井上小百合）に思いを寄せるジェレミーは、いじめっ子から日本製のスーパーコンピューター入りの錠剤“スクイップ”があると聞き、それを飲む。擬人化したスクイップ（横山だいすけ）はジェレミーに「モジモジするな」などと指示を出し、彼をクールな人気者に変えていく。ジェレミーを変えていくスクイップを多様な歌声で表現する横山や、人目を気にしない風変わりなクリスティンを突き抜けた演技で見せる井上も好演だ。

イケてる男子になったジェレミーは、人気女子にキスをせがまれ、戸惑って口をパクパクさせるなど、薮のコミカルな演技も笑わせる。人気者に変貌したジェレミーは薮の本領発揮といったところ。そのキラキラ感が際立っている。1幕の最後を飾るジェレミーのナンバー「負け組、オタク、その他には」では、いつも主役ではなく、脇役として扱われてきた彼の悲しみや決意が痛いほど伝わってくる。
　人気者になったジェレミーだが、スクイップにより、マイケルとの関係をブロックされてしまう。孤独になったマイケルが、ハロウィンパーティの場にいたたまれなくなってバスルームに籠もり、「僕は、ぼっち。」と孤独を歌う「バスルームのマイケル」は名曲で、加藤の表現力が涙を誘う。多くの人がマイケルのように、学校や職場、飲み会などで一人、その場に溶け込めず、いづらくて、トイレや別の場所に潜んだ経験があるのではないだろうか。

「BE MORE CHILL」は米国人作家ネッド・ヴィジーニの同名小説を元に2015年にニュージャージーでミュージカル化。公演は短期で終了したが、YouTubeで公開された楽曲が注目を集め、同年リリースのアルバムが97週目でBillboardキャストアルバムチャートトップ10に浮上し大ヒット。その後、ブロードウェイやウエストエンドに進出したという異色の作品だ。そのプロセスも劇場で共感を呼ぶ歌詞と、ポップでキャッチーな楽曲を聞けば頷けるはず。今回は同作を手掛け、最新作「ア・ストレンジ・ループ」が2022年の第75回トニー賞ミュージカル作品賞を受賞した注目の演出家スティーヴン・ブラケットが日本版も担当。無駄のないスピーディな舞台展開はブロードウェイの演出家ならでは。また、必要以上に日本に寄せて作り替えず、エミネムのTシャツを着たジェレミーにキャストが「エミネムってまだ聴いている人いるの？」と突っ込む〝エミネム〟ネタなどのブラックジョークも満載だ。

スクイップが次第にジェレミーの頭と体を侵食していく様はリアルで、コンピューターの中身は、本当にこんな風なのではと思わせる。パソコンが壊れたら一大事で、SNSの評価に右往左往する現代人への強烈な風刺でもあるのだ。
　「頭の中に残るのは普通の声だけ」とジェレミーは悟る。彼が選んだ自分とは？ジェレミーの言う通り、人生は大変だけれど、楽しくそう快な気分にさせてくれるミュージカルだ。

取材・文：米満ゆう子
撮影：引地信彦

大阪公演

｜日時｜2022/08/27(土)～2022/08/29(月)《全4回》
｜会場｜COOL JAPAN PARK OSAKA ＷＷホール
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