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『ピアフ』観劇レポート

2022/3/15

公演レポ

喜びも哀しみも愛あればこそ。人は愛に生かされ、愛に絶望する―――。一生をかけても手なずけられないからこそ、挑む価値があるのか。大竹しのぶ主演舞台『ピアフ』(パム・ジェムス作、栗山民也演出)が東京で開幕した。愛に生き歌に生かされ、酒と薬に溺れ47歳の若さでこの世を去った、フランスの伝説的シャンソン歌手、エディット・ピアフ。かつてこの舞台を観た美輪明宏は、ピアフの魂が大竹に寄り添う様を目撃したという。にわかには信じられない現象も、舞台を観れば納得できるかもしれない。2011年の初演から11年を経て5度目の上演となった今回、大竹とピアフの境界はさらに曖昧さを増していた。今宵、大竹はピアフだった。

フランスの貧民街で親友トワーヌ(梅沢昌代)と共生し、路上で歌いながら命を繋いできた17歳のピアフ(大竹しのぶ)。ナイトクラブのオーナー(たかお鷹)の目に留まり、たちまちスターダムにのし上がると、マレーネ・ディートリッヒ(彩輝なお)とは生涯の盟友となった。若い才能にも目をかけ、イヴ・モンタン(竹内將人)、シャルル・アズナブール(上原理生)は彼女の手により国民的歌手へと成長する。私生活ではボクシング・チャンプのマルセル・セルダン(中河内雅貴)と燃えるような愛の日々を過ごし、晩年は若き恋人テオ(山崎大輝)が最後の救世主となった。

この世に、ピアフに、歌があってよかった。劇中何度もそんな思いにとらわれた。約30年の半生を3時間で駆け抜ける走馬灯のような人生劇場。一生分の喜びと哀しみがテンポよく濃密に展開する。シャンソンはそれ自体が一本の映画のよう、限られた場面にも豊かな彩りとドラマを与える。一曲、一場面ごとに全身全霊で役と向き合う大竹しのぶ。歌声からは過度な力みが抜け、自在に表現力が増している。ほつれたセーターで歌う17歳のピアフは原色の風合い。クレヨンみたいに粗野で無邪気にあっけらかんと喉を鳴らす。黒いドレスで身ぎれいになると若々しい野心が、油絵のごとく艶やかに燃え盛る。堂々とした風格が増す頃には、愛こそすべてと原点回帰、歌への純度が増していく。“ただそれだけ”という強さともろさ。愛を得た喜びと失った喪失感は計り知れない。光の眩しさ、影の暗さに目がくらむ。成功と表裏一体の孤独。愛と背中合わせの孤独。愛、孤独、愛、そして———。パチンとシャボン玉が弾けるようにあっという間に1幕が終わり、我に返った。

絶望の果ての光に備えるが、2幕は1幕をしのぐ苛烈さだった。愛が、孤独が歌に乗って身に沁みる。晩年は水彩画のように淡くにじむ声音も手に入れ、人生を自分色に染め上げる。そうして辿りついた境地の歌「水に流して」(原題「いいえ、私は何ひとつ後悔しない」)」で感動は嗚咽に変わった。ああ、限りある人生。怖いほどの現実。耐えらるだろうか。戸惑いとは裏腹に一瞬たりともピアフから目が離せない。そこには人生の真実が在った。愛は歌。愛は涙。泣き、歌うことは自分自身に愛を沁み込ませる行為。今宵劇場に多くの愛が流れ、誰もが自分自身を抱きしめた。大竹は、大きな愛の塊となった。

贅沢な生の音楽と若々しく洗練された座組も良かった。ピアフの恋人役を得てまたひとつ成長の岐路に立つ中河内雅貴。体当たりの演技は回を重ねるほどに深みが増すだろう。竹内將人は愛らしくも端正な歌声で魅了する。山崎大輝の等身大の初々しさと美しい横顔、上原理生の優しさと逞しさを湛えた歌声も理想的。辻萬長の遺志を継ぐたかお鷹はノーブルな佇まいが役にぴったり。代えの効かない風情で作品に格を与える。彩輝なおの輝くような存在感も眩しく2役の演じ分けも見事だ。晩年のピアフを支えるマネージャーの川久保拓司、一癖も二癖もありそうな興行主の前田一世も芯を捉えた役作りが印象に残る。松田未莉亜も確かな実力と無駄のない動きで役割を全うした。そして、無くてはならないのが梅沢昌代の存在だ。熱い友情とユーモア。彼女も大竹ピアフ同様、人生において本当に大切なものの在りかを示してくれる。

大竹のピアフを愛し、昨年末99歳で天寿を全うした瀬戸内寂聴。彼女が新刊エッセー集に書き残した言葉もまた愛だった―――「結局、人は、人を愛するために、愛されるために、この世に送りだされるのだと最後に信じる」と。惜しみない愛をピアフからあなたに。

取材・文:石橋法子

「ピアフ」

■脚本
パム・ジェムス
■演出
栗山民也

■出演
大竹しのぶ、梅沢昌代、彩輝なお、中河内雅貴
上原理生、竹内將人、山崎大輝、川久保拓司
前田一世、たかお鷹、松田未莉亜

日時:2022/03/25(金)~2022/03/28(月)≪全4回≫
会場:森ノ宮ピロティホール

公演詳細はこちら
https://kyodo-osaka.co.jp/search/detail/4025

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