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舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』観劇レポート

2022/2/18

公演レポ

舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』

「僕は怒る。僕は恋している。僕は狂っている――」。
詩人シラノ・ド・ベルジュラック(古川雄大)が溢れる涙をぬぐいもせず、真っすぐに前を向き、頭上高くで聴き入るロクサーヌ(馬場ふみか)に愛の言葉をつづる。次第に熱を帯び、離れているはずの二人はまるで身体を絡ませているような、濃密な空気が劇場を包み込む。けれど、ロクサーヌの心が見つめる先は、シラノの友人クリスチャン……。

恋文の代筆でしか想い人に愛を語れないシラノに、胸がギュっと締め付けられる場面。かの有名なバルコニーのシーンが、二人の存在だけが際立つシンプルなセット、本能を変換したようなストレートな台詞=詩によって、「言葉」が目に見える柱のように、一つひとつそびえ立つ。ミニマムな世界から宇宙的な壮大さを生み出す二人の演技と演出に、息をのんだ。

17世紀フランスに実在した詩人をモデルに、劇作家エドモン・ロスタンが書き上げた韻文の戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』。剣豪にして美しい詩を詠み、大きな鼻にコンプレックスを抱くシラノの愛の物語は世界各国で上演され、映画やミュージカルにもなり、多彩なバージョンが生まれてきた。

そんななか、2019年秋から英国でジェイミー・ロイド演出、マーティン・クリンプ脚色により現代的なアプローチで上演された舞台は、ローレンス・オリヴィエ賞でリバイバル賞を受賞。このたび日本初上陸を果たし、東京で2月7日に幕を開けた。

開演前、無機質な階段状の高いセットに、照明で浮かび上がる「2022」の文字。この舞台が現代の私たちに何かを示唆することが、静かに伝わってくる。その後、1本の有線マイクが舞台上部からスーっと下りてきて始まる、ラップにのせた怒涛の展開に度肝を抜かれ、120年以上前に誕生したフランスの古典的戯曲、という概念が完全に取っ払われた。

なるほど!韻を踏む現代のポップカルチャーが、若者にとっては遠い存在となりつつある「詩」を身近に引き寄せる。
舞台に並ぶのは、ストリート風の衣裳のキャスト。銀粉蝶までが、「シラノ、知らないの?言葉の天才!」とスニーカー姿で軽やかに言い放つ。スカッとするシラノ賛歌。そしてシラノが登場、豪傑なキャラクター性を、コンプレックスをものともしない強気な言葉と鋭い眼差しで示し、マイクを手に詩を詠みながら狭い階段上でフェンシングの戦いまで見せる。

けれど、彼の手に剣はなく、付け鼻もない。小道具は極力排除し、役者の身体ひとつで魅せる演技と言葉が際立つ舞台なのだ。
この作品が、10年ぶりのストレートプレイ主演となる古川雄大。光だけではなく深い影も放つ彼の演技力によって、ナチュラルにシラノと同化し物語へと引き込む。愛の道化師の笑み、観客が釘付けになる「ザ・漢」な勇ましさ、愛する人を前に取り繕う優しさ。すごい振り幅で、汗と涙を舞台上に散らしながら、言葉を操り、2時間45分を駆け抜けた。

シラノの従妹で彼に愛されていることに気づかず、クリスチャンに恋心を寄せるロクサーヌを、役の清純なイメージを払拭し、青いヘアにボーイッシュな容姿でサバサバと演じる馬場ふみか。男性に屈しない芯の強さ、言葉への執着と距離感など、胸のすく真っすぐな女性像をロマンティシズムに偏りがちな名作に息づかせた。そんなロクサーヌを愛するクリスチャン役は浜中文一。なんてお茶目な、ユーモアのある「人間クリスチャン」なのだろう!口下手なクリスチャンもまた知性にコンプレックスを抱き、孤独をひきずり、それゆえの驚きの行動には一瞬頭がフリーズする。ここでも、言葉の力は絶大だった。

やはり演劇は言葉のパワーによって成り立っている。それを熟知しているからこその、谷賢一の緻密な翻訳と演出が冴えわたった。英国版をただ踏襲するのではなく、口上や講談など、日本文化的なアプローチまで盛り込み、「言葉で戦う演劇」として挑戦を仕掛ける。

そのチャレンジ精神は他のキャストたちにも息づき、詩人としてのプライドを緩急ある演技で見せたリニエール役の大鶴佐助、シラノへの思いやりが大きな身体から溢れ出ていた親友ル・ブレ役の章平、ただの憎まれ役ではなく懐の深さをド・ギッシュ伯爵に込めた堀部圭亮、韻文を愛する先生としても「詩」の奥深さを体現したレイラ・ラグノー役の銀粉蝶。みなが前代未聞の『シラノ・ド・ベルジュラック』の中にある真実を探求し、それが熱量となって渦巻く劇空間は、実に刺激的だ。

あの言葉の、行動の意味は何なのか。無限に想像の翼が広がるこの作品は、単なる純愛物語で終わらない。コンプレックス、権力への反骨心、シラノが何度も求める自由。今の私たちを代弁するかのようなエッジの効いた言葉の数々が、最後のピアノの旋律でふっと安らぎに変わる瞬間を、ぜひ劇場で体感してほしい。

取材・文:小野寺亜紀

舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』

作:エドモン・ロスタン
脚色:マーティン・クリンプ
翻訳・演出:谷 賢一

出演:
古川雄大/馬場ふみか 浜中文一
大鶴佐助 章平 堀部圭亮/銀粉蝶 ほか

日時:2022/02/25(金)~2022/02/27(日)≪全5回≫
会場:COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール

公演詳細:https://kyodo-osaka.co.jp/search/detail/4035

現代版「シラノ・ド・ベルジュラック」日本初上陸!!
「シラノ・ド・ベルジュラック」は17世紀フランスに実在した詩人にして、剣豪で、勇気のあるシラノを主人公にした、エドモン・ロスタン作の戯曲です。大きな鼻のコンプレックスに悩みながらも、一人の女性を慕い続けた壮麗で高潔無比で自由な精神を持つシラノの永遠の愛の物語は、1897 年に初演されて以来、世界各地で上演が繰り返され、たくさんの人を魅了してきました。
そして、2019年秋~2020年までロンドンのプレイハウス・シアターでジェイミー・ロイドの演出によって上演された際に、マーティン・クリンプによって現代的な脚色がなされ、前代未聞の全く新しい「シラノ・ド・ベルジュラック」が誕生。ローレンス・オリヴィエ賞でリバイバル賞を受賞し、世界中から絶賛されました。
このマーティン・クリンプ脚色版の傑作をついに日本で初めての上演いたします。

“言葉で戦う演劇”を綾なす個性あふれるキャストが集結!
美しい心を持つ英傑なシラノは、確かな演技力で話題の古川雄大が務めます。今回ミュージカルの舞台から満を持して、ストレートプレイにて10 年ぶりに主演を務めることになりました。美しくて理知的なロクサーヌを演じるのは、モデルをはじめ、ドラマや映画で主演を務めるなど幅広く活躍し、多彩な演技力を持つ馬場ふみか。口下手で学識のないクリスチャンを演じるのは、見る人を惹きつける確かな演技力で数々の舞台やミュージカルに出演している浜中文一。シラノの仲間であるリニエール役には、古典から現代劇までジャンルの垣根を超えた役を演じ、柔軟な演技力が持ち味の大鶴佐助。シラノの頼りになる親友、ル・プレ役には翻訳劇から井上ひさし作品まで広く出演し様々な演出家からの信頼も厚い実力派俳優の章平。シラノを敵対視する横暴な伯爵ド・ギーシュ役には、俳優としてだけではなく放送作家としても活躍しマルチな才能を持つ堀部圭亮。さらに、恋するロクサーヌを支えるマダム・ラグノを演じるのは、“最後のアングラ女優”とも言われ、変幻自在な演技力でドラマや映画など多彩に活躍し、確固たる存在を確立している銀粉蝶が務めます。
個性豊かなキャストが贈る、「シラノ・ド・ベルジュラック」に、ぜひご期待ください!!

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