2025/10/23
インタビュー
――佐々木さんとルーマニアの演出家シルヴィウ・プルカレーテさんがタッグを組むのは、「リチャード三世」「守銭奴」に続き、今回の「ヨナ-Jonah」で3回目です。プルカレーテさんは斬新な演出が特長ですが、どんな稽古場でしたか。
「合理的な創作活動だけを求めていないところがありますね。プルカレーテさんは、その日稽古をしても、同じように繰り返すということがないんです。やっていることが、僕の理解を超えているので、どう表現したらいいの?と。言われたことはすごく面白いんですけど、どう表現したらいいか分からない。どっから球投げてくるんだろう?というような日々でした。
稽古時間は毎回3時間あったんですが、通訳を入れるから実質、1時間ぐらい。自分の復習の時間は、彼がやりたいことのつなぎみたいなものを僕が考えていく。でもそれをやったところで、今までの稽古を踏襲してないから、積み上げていった感覚がなくて、また一から作って。決め事が決まらないままどんどん日が経っていく。自分はとりあえず、いつでもどうにでも対応できるようにやっていこうと。」
――プルカレーテさんが投げてきた球、それも変化球に対応しないといけない。
「そう。ヨナが鯨に飲み込まれただけの話が、こんな風に空間が変わっていくのかと。例えば、「リチャード三世」では、セリフの登場人物を全員、舞台裏に持っていって、僕が演じるリチャードが表に出るシーンがあった。つまりセリフを話す人は舞台では見えなくて、しゃべってないリチャードを前に出す。立場を逆転させているわけです。そんな裏技ある?というような演出法なんですよね。」
――通し稽古も、だいぶ後になってからされるそうですね。
「日本では、どうなるか理解しておくために早めにする場合が多いんですが、プルカレーテさんは「見せたところで変わるから仕方がないですよ」と。僕が演劇関係者の日本人が来るから打ち合わせしたいと言っても、「今、打ち合わせしても変わるから仕方がないよ」と(笑)。」
――一人芝居ですし、全てが佐々木さんの肩にかかっていて、大変だったのでは。
「でも彼とやるのは3本目ですから、焦ってどうしようとかは思わなかったですね。そこは考えんと、一番考えたのは早く寝よう(笑)。帰って芝居の復習をして、何か食べて、できるだけ早く寝る。それが正解ですね。よく言うじゃないですか。勉強するよりは、はよ寝なさいと。」
――寝ないと頭も回りませんよね。今作は、ルーマニアでは宮沢賢治のような存在の詩人マリン・ソレスクさんが原作です。ヨナといえば旧約聖書に出てくる漁師の預言者で、神に背いて鯨に飲み込まれた人物ですが、その鯨に飲み込まれた3日間を、違う視点で描くという認識でいいのでしょうか。
「だと思います(笑)。深く言及されていない。ふわっとしていて、3日という日にちも言っていないし、何だったんだろう…というような話です(笑)。プルカレーテさんの演出では、ああいう表現で、そういうことになるのかと。ルーマニア人たちも、「あのヨナがこんな風になるの?」と言っていました。」
――観客はヨナを自分に引き寄せて、個人的な体験として感じられるのでしょうか。
「そうですね。」
――佐々木さんもそうだったのですか。
「僕は80分のセリフを入れることはそれなりの苦労があって、何度も何度も折れました。途中で手放したりとか。集中力もないし、そうは入らないんです。ヨナは諦めずに、がむしゃらでもあるんですけど、時にはちょっと面白がったり、へこみながら、希望を持ちながら、笑いながら、べそかきながら、最後まで外に出ようとする姿に僕も励まされて、そういうヨナだったからこそ、僕もルーマニアに行って、最後まで彼と一緒に旅して作れたと思っています。我事のように思っていますね。」
――聖書の「ヨナ書」は短くて、ネットでも読めますが、お客様は参考に読んでから観に行った方がいいですか。
「全然、関係ないので聖書は読まないでください(笑)。僕も読んでいない。簡単なストーリーを動画か何かで見て、フーンと思ったぐらい(笑)。全くいらないです。ただ感じてほしいですね。」
――東欧の6都市を回られましたが、どんな手ごたえを感じましたか。
「どう見られるかより、どう見てもらおうか気にはしていました。やってみたら、スタンディングオベーションをいただいたんですけど、ルーマニアの有名な戯曲にそんな見え方や切り取り方があるんだなと感じてもらえたと思います。プルカレーテさんが歌舞伎の作品「桜姫東文章」をルーマニアの役者たちと作った時に、「その日本的な考え方、読み取り方は面白いよね」というのと一緒なんじゃないかな。ハンガリーやブルガリアなどでも〝どストレート〟に笑ってくれたり、すごく集中力を持って見てくださったりしていると感じました。これは戯曲の持つ力であり、演劇の持つ力なんだと。海外公演は初めてだったので、いい経験になりましたね。」
――東欧を回って、得たものは何でしょうか。
「自分の言葉にしなきゃいけなかった。詩なので、ヨナは決して辻褄のあった話をしているわけではない。でも、しょせん、人間の独り言なんて、言うことがその都度、違ったり、辻褄が実は合っていなかったりすると思うんですよ(笑)。筋は通ってないけど、ヨナの心情なりを組み立てて、彼なりの感情を僕のものにしようと。言葉を自分のものにしていこうとやっていくと、何でもありになってきて、段々、かえって自由になってきた。こんな表現、おかしいかな?というものも、やってみたら成立する。どんどん、自由になっていったから、むしろ、日本語を理解しない言語の国を回ることによって、自由な表現を試させてもらった。」
――それはすごく気持ちのいいことなのでしょうか。
「気持ちいいというか、気楽にはできた。日本語が分からないからセリフを間違えてもいいし(笑)。こんな風にできるんや!と自由な発想が生まれましたね。」
――プルカレーテさんも自由に演じさせてくれるのですか。
「そうですね。彼は状況設定を僕に伝えて、やってみて僕がどうなるか、待ってくれますね。それで違うと思ったら、ほかの演出をしてみようと。できるだけプルカレーテさんの望む、彼が考えていることを実現したいと思ってやるけれど、必ずしもそれができるわけではない。彼はそれを見て、「そうじゃないものができたけど、これは日本的なものなのか」と。まぁ、それは僕の考え方なんですけど、そこから次の段階に行く。必ずしもこうでなきゃいけない、どうしてもああしたいというのはないです。お互い、信用しながらやっているというのはありますね。」
――言語が違う国で自由になるとは、得難い感覚ですね。
「そうですね。街中で演劇祭があったんですが、会った人が、皆、「ヨナだよね?」「ヨナ、見たよ!」とか言ってくれる。ストレートに作品を見てくれている。テレビや映画、CMをやっている佐々木じゃなくて。新鮮ということはないけど、面白くて、気楽な感覚でしたね。」
――今度は日本の観客が相手です。原作が詩ですが、抽象的な表現が多くなるのでしょうか。
「めちゃめちゃ抽象的でもない。何て言うのかなぁ、普遍でもあり、具体性がない。今回、翻訳を担当したドリアン助川さんが、詩というものは何かとフォトブックに書いてくださったんですが、「最大公約数の中で、分かってもらわなきゃいけない言葉でもあるけれども、もっと未来であり、もっと根源的な凝縮されたものの言葉でもなければいけない」と。むしろ、具体的なことがポツン、ポツンと関係性なく出てきて、その関連性を結びつけるのは、僕でもありお客さんでもある。そのつなげていく作業が結構、楽しくなると思うんです。」
――お客さんも一緒に想像しながら作っていく。
「そうですね。神の目で見た二次元的なものが、僕を通して、ルーマニアに行って、衣装や照明も入れて立体的になって、神の時点では想像もつかなかったことが、こういう風に立ち上がっていくのかと。何とも分からないものをお客さんと作っていった感覚はありますね。」
――「マクベス」でも一人芝居をされましたが、佐々木さんの中で、大変でも新しいことに挑戦していきたいという気持ちが強いのでしょうか。
「いや、できれば苦労はしたくないですよ(笑)。今回は、周りからも大変だろうと言われていたし、自分でもそう思っていましたが、そんなん、考えても仕方がないので。それなら面白がるしかない。いちいちキツイなとか思ったらつらくなるので、面白がってやっていましたね。だからそんなにストレスはなかったですよ。色んなトラブルが起こっても愉快に過ごしていたから(笑)。
小道具はないものが多いから自分で作ってセットして、ここは日本じゃないし、何かがなかったら全部自分の責任なんで。メイクは一応、雑にはやってくれるんですけど、自分でやり直していましたし、今回、日本でも自分でやってと言われています(笑)。向こうでは化粧水が置いてなくて、地肌にバーッて白塗りされて、そのままパンパンとはたかれる(笑)。」
――(笑)。「君子無朋」「破門フェデリコ~くたばれ十字軍~」にしろ、出演されている作品が常に骨太でなかなかないものです。あえて、そういうコアな作品に出たいという思いがあるのでしょうか。
「うーん…、ない(笑)。たまたまの出会いですね。でも、面白がるというのはあります。面白がるし、面白くしなきゃいけない。演劇つまんないと思われるのも嫌なので。「守銭奴」なんて、何でこんな作品選ぶねんと、怒った人もいましたからね(笑)。でも、やってみないと、それを経てないとあかんなと思います。「ヨナ」もなかなか選ばれない作品だとは思いますが、過去にプルカレーテさんと一緒にやっているから、何とかなるだろうと。最初は頭を抱えたんですが、何とかここまで来て、世に生まれた。「ウォーク・オブ・フェイム」も感謝の気持ちしかないですし、この絆を強くしなやかにして、ずっとつないでいきたいですね。」
――楽しみにしています。最後に「ヨナ」はハードルが高いかもと思っている人を含めて、メッセージをお願いします。
「演劇初心者向きなんじゃないかなぁ、むしろ。演劇は難しいんちゃうかな、理解できんのかなと言う人には、これは分からなくてもいい、理解しなくてもいい作品で、感じてもらったらいい。東欧では子どもも見ていましたからね。単純に魚の腹に入ってしまった人が出ていくという話なんですよ(笑)。観念的でもないから。例えば、宮沢賢治は子どもに分かるんか?と言えば、分かる、分からないにもかかわらず教科書に載っていますよね。宮沢賢治と同じで感じてもらえればいいんです。」
取材・文 米満ゆう子
佐々木蔵之介ひとり芝居『ヨナ-Jonah』
■出演
佐々木蔵之介
■原作
マリン・ソレスク
■翻訳・修辞
ドリアン助川
■演出
シルヴィウ・プルカレーテ
■舞台美術・照明・衣裳
ドラゴッシュ・ブハジャール
■音楽
ヴァシル・シリー
|日時|2025/11/22(土)~2025/11/24(月・祝)≪全3回≫
|会場|COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
▶▶公演詳細