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演出家ザックにアダム・クーパー!『コーラスライン』の新たな魅力に気づく英国エディション

2025/9/25

公演レポ

ミュージカル『コーラスライン』日本特別公演

ブロードウェイミュージカルの金字塔といわれるミュージカル『コーラスライン』の来日版が、9月8日、東京・東京建物 Brillia HALLで幕を開けた。今回は1975年にマイケル・ベネット原案・振付・演出で上演されたブロードウェイ版ではなく、2021年にニコライ・フォスターの新演出とエレン・ケイン振付によってイギリス・レスターで初演され、その後ロンドン・サドラーズウェルズ劇場でも成功を収めた、いわば英国エディション(プロデューサーはジョナサン・チャーチ)。演出家のザック役には、英国ロイヤル・バレエの元プリンシパルで、マシュー・ボーンの『スワンレイク』では世界中のバレエファンとミュージカルファンをとりこにしたアダム・クーパーが配された。これまでほとんど声のみだったザックが舞台上にいること、そして50代を迎え俳優としても円熟味を増しているクーパーの存在感が、本作に新たな輪郭を加えている。

劇場でコーラスダンサー(コーラスラインとは、かれらとメインキャストとを分ける舞台上に引かれた線のこと)のオーディションを行っている数時間、というシンプルなストーリーゆえ、本作のセットもむき出しのホリゾントとライトのみ。今回目を引くのは、舞台上手に置かれたデスクとチェアだ。冒頭、暗闇から30人ほどのダンサーが後ろ姿で浮かび上がると、すぐに正面に向き直り、舞台版でも映画版でもおなじみの「ステップステップ、ターン、キック」とオーディション用の振付を伝える“現実的な”ザックの声が響く。デスクのそばに現れて次々に新しい振付を指示するザックに必死に付いていくダンサーたちだが、演出家の目がそれぞれの姿をとらえるのはほんの数秒だ。「神様、受かりたい!」「失業保険も無くなった」というダンサーたちの胸中もむなしく、約30人があっという間に17人まで絞られる。それがブロードウェイの無名ダンサーたちにとって、日々繰り返される現実なのだ。

性別も、体格も、人種も、ルーツも異なる17人。ここで初めて舞台上に一列に並ばされ、最終合格者を選ぶために、ザックから「君たちの個性が知りたい。自分のことを話してほしい」と声をかけられる。意外な言葉に戸惑うダンサーたちだが、ザックは客席(私たちが座っている本当の客席だ)に降り、通路の端に移動して舞台上を見守る。ザック、つまりアダム・クーパーなのだが、特にライトを当てられることもなく暗がりの中でダンサーたちと会話する。マイクを通して聴こえるザックの声は誠実で思い遣りにあふれ、ダンサーたちも徐々に家庭環境や思春期の思い出(誰にでも覚えのある、夜に思い出しては布団をかぶりたくなるような)、そしてダンサーとしての現状を語り出す。舞台人としての苦悩、セクシュアリティ、人種・格差問題、美容整形……。それは半世紀前の初演時から続く普遍的なテーマであり、同時に、より今日的なテーマでもある。それを一層際立たせているのは、これまでのバージョンでは上から降ってくる“神の声”的な存在だったザックが、ダンサーたちと同じ目線で対峙しているという点だ。演出家はもはや“神”ではなく、暗い客席のあちこちに立って舞台を見つめ、ダンサーたちと会話し、共に物語を紡いでゆく人間として描かれる。それは昨今のハリウッドやブロードウェイの現況を鑑みれば、自然な流れでもあるのだろう。

オーディションに参加している元恋人キャシーとのやりとりも同様だ。スターとしてハリウッドに移ったが、空しい思いが募りブロードウェイに戻ってきた彼女に、ザックは「スターはコーラスダンサーにはなれない」と言う。その言葉に反発し、本当の自分としてやり直したいだけだというキャシー。その願いを受け入れるか、否か。ザックの苦悩はここでもダンサーたちと同じく生身の人間ならではのものだ。
もちろん、「I Hope I Get It」「At the Ballet」「The Music and the Mirror」「What I Did for Love」、そして「One」など名曲の数々はそのまま。市井の人々の写し絵ともいえるダンサーたちだけでなく、一握りのスターに見えるキャシーも、そしてザックも、誰もが同じく輝ける存在というメッセージは、素晴らしいダンサー陣とクーパーがナラティブを深めることによってより明確になった。しっかりと『コーラスライン』であると同時に、マスターピースの新たな魅力にも気づかせてくれる英国エディションである。

取材・文/藤野さくら(ライター)

 

ミュージカル『コーラスライン』日本特別公演

■出演
アダム・クーパー 他

■原案・振付・演出
マイケル・ベネット
■台本
ジェームズ・カークウッド/ニコラス・ダンテ
■音楽
マーヴィン・ハムリッシュ
■作詞
エドワード・クレバン
■共同振付
ボブ・エイヴィアン

■演出
ニコライ・フォスター 
■振付
エレン・ケーン 
■セットデザイン
グレイス・スマート 
■ミュージカル・スーパーヴァイザー
デイヴィッド・シュラブソール  
■衣裳デザイン
エディ・リンドレー 
■照明デザイン
ハワード・ハドソン 
■音響デザイン
トム・マーシャル

▶▶オフィシャルサイト




大阪公演

|日時|2025/10/02(木)~2025/10/06(月)≪全6回≫
|会場|梅田芸術劇場 メインホール
▶▶公演詳細

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