2024/11/29
取材レポ
ローラン・プティ、モーリス・ベジャールなど名だたる振付家から愛され、世界中で踊り続けてきた上野水香(東京バレエ団ゲスト・プリンシパル)。2023年秋には紫綬褒章を受章するなど日本を代表するダンサーとして活動を続ける彼女が、『マチュー・ガニオ スペシャル・ガラ ニューイヤーコンサート』で盟友のマチューと共演する。パリ・オペラ座バレエのエトワールを20年間務め、2025年春にはアデュー公演が控えるマチューとの“これまで”と本作への想いについて聞いた。
「純粋にマチューとの舞台が実現できて嬉しいという気持ちと、いい舞台にしなきゃっていう気持ち、今はその2つですね」という上野。それもそのはず、「彼とは本当に長い間、お互いのことを見守ってきたので」と笑う。
まずは上野が子どもの頃、牧阿佐美バレヱ団からの選抜で、プティが芸術監督を務めていたマルセイユ国立バレエ団の来日公演『くるみ割り人形』に出演した時のこと。
「ちょうどマチューも付属のマルセイユ国立高等舞踊学校の生徒として出演していたんです。私より7歳下ですからまだちっちゃくて、すごく可愛い子がいる! と皆で大騒ぎしたことを覚えていて。その時全員で撮った写真があったので、大人になってから彼に見せたんですよ。この時から一緒に踊っていたんだねと盛り上がりました」と上野。
本格的な共演はふたりが20代になってから、『眠れる森の美女』で。
「初めて振り合わせをした時、すごく合うことが分かりました。ビジュアル的な相性のこともそうですが、たとえばアラベスクのポーズへと動くとき、どこに腰の位置があるといいかなど、理想の置き場所が打ち合わせなしでピタッと合ったんです。あとは空気感。言葉にするのが難しいのですが、舞台上で柔らかい“香り”を発するところが共通していると感じました」と振り返る。
「おかげで本番ではふたりとも、自然に役に没入できました。オーロラ姫がデジレ王子のキスで目覚めて最高に幸せな気持ちで袖に引っ込むところでは、手を繋いだまま楽屋まで走って行ったのを覚えています。『次の出番は幸せの絶頂のグラン・パ・ド・ドゥだ!幸せ!』という感じ(笑)。心の通い合ったパ・ド・ドゥは感動的な舞台を創るのだと知った公演でした」と上野は話す。
その後に踊った『白鳥の湖』も大好きだと言う。特に黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥはふたりの長身が映え、壮絶な美しさで今もファンの間で語り草になっているほどだ。
「今回の出演が決まってインスタグラムにも載せましたが、あの写真が私たちの相性の良さをすべて表していると思います。撮ってくれたのは瀬戸秀美さん(長年バレエを撮り続けているフォトグラファー)ですが、あるバレエショップが出していたフリーペーパーの表紙になったんですね。マチューは電話で、『表紙になってるよ!』と教えてくれて。私は知らなくて、『なってないよ』と言ったら、『本当になってるから!』って話してくれて」と笑う上野。
「そういう、すごく温かい人なんです。ダンサーってもっと上にいきたい、もっと有名になりたいっていうので厳しめな性格になるものなのですが、彼は真逆なのでとってもレアな人。その写真は私も気に入っていたので、瀬戸さんに頼んでパネルにしてもらい、今も家に飾ってあります」と貴重なエピソードを教えてくれた。
©Photo Hidemi Seto
そして今回は、ローラン・プティの作品『ランデヴー』で共演する。
「プティの作品は20代の頃からたくさん踊ってきましたが、『ランデヴ―』は初めて。マチューが強く推したそうで、プティのバレエ学校で育って同じ時代を過ごしてきたマチューですから、感慨深いですね」と上野。
物語の舞台はパリ。青年(マチュー)は、黒いドレスの謎めいた女(上野)に出会う。惹かれるようにふたりは踊り始めるが、女は青年のポケットからナイフを取り出して……。
「今少しずつ振りを覚えていて感じるのは、冷徹なだけの女性にはしたくないということ。パリらしいウィットはもちろん柔らかさや包容力のようなものも表現できれば、また違った物語に見えるのではないか、と。人生に苦悩する彼が、彼女に殺されることで救われたのかもしれない……という風に、悲劇の美しさが見えてくる舞台にしたいと思っています」と語る。
今回はもう1人、初共演となるジャコポ・ティッシ(オランダ国立バレエ団 プリンシパル)との『眠れる森の美女』も見どころだ。
「数年前、ミラノ・スカラ座にロベルト・ボッレさんとの『アルルの女』のリハーサルをしに行ったことがあって、その頃ティッシさんはミラノ・スカラ座バレエ団に在籍していたんですね。私が受ける前のクラスを受けていて、ティッシさんはかなり長身のボッレさんと話をしていて背が同じくらいだったので、大きくて素敵な人がいるなと思ったのを覚えています。クラシックダンサーとして素敵なものをお持ちだと思うので、一緒に踊るのが楽しみです」と話す。
アマンディーヌ・アルビッソン(パリ・オペラ座バレエ エトワール)とは別作品での出演となるが、昨年の札幌での公演『くるみ割り人形』でトリプルキャストとして一緒にリハーサルをした仲。
「ポリシーを持ってキチッと踊る方で、観ていてすごく得るものがありました。おかげで本番では自分が思っていた以上の踊りが出来ました。その時は短い時間を過ごしただけなのですが、これからいい関係になれるんじゃないかなと思っています」と上野。
元宝塚歌劇団花組トップスターの柚香光とは、もちろん初共演。だが柚香は子どもの頃、牧阿佐美バレヱ団の『くるみ割り人形』に出演したことがあり、上野に憧れていたというから、こちらも不思議な縁だ。
「長く踊っていると面白いことがありますね(笑)。私のほうは柚香さんのトップ時代、『巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨~』を拝見しています。柚香さんが出てくるたびに目が引き寄せられちゃうから、『あ、この方は“スター”なんだな』と。高い背、ちっちゃいお顔、全部綺麗。あんなに素晴らしい容姿の方はなかなかいないですよね」と、同じ舞台に立つのを楽しみにしている様子。
ミュージカルやフィギュアスケートのスターとも共演経験のある上野だが、「いつも思うのは、ダンスのジャンルが違っても、舞台に向かっていく気持ちや舞台に対して感じていることは一緒なんだなということ。結局は本人に、お客様に喜んでもらいたいという気持ちがあるかどうかなんだと感じます」と上野は言う。
「私も踊っているところを皆さんが観て喜んでくれて、生きる力が湧いたとか元気になったとか、そういう風に言ってくれることが嬉しくて踊っているところがあります。それは自然と導かれた自分の居場所みたいなもの。もちろん頑張るし努力もしますけれど、生きる意味がそこに見いだせるかというのが、私にとっては重要。今後もそういう風にやっていければいいなと思っています」と語る。
「今まで本当にいろいろなことがありましたが、やってきてよかったなと改めて思います。今回の舞台もそうですよね。マチューにしても私自身にしても、やっぱり長く踊ってきたからこそ、途中で諦めなかったからこそ実現した舞台だと思うので。今回は私にとって、ひと言では言い表せないほど深い想いの詰まった公演。そういうところも含めて、ぜひ楽しみにしていただければ嬉しいです」
取材・文/藤野さくら
マチュー・ガニオ スペシャル・ガラ
ニューイヤーコンサート
■出演
マチュー・ガニオ
パリ・オペラ座バレエ団 エトワール
柚香 光
元宝塚歌劇団花組トップスター
アマンディーヌ・アルビッソン
パリ・オペラ座バレエ団 エトワール
ジャコポ・ティッシ
オランダ国立バレエ団 プリンシパル
パブロ・レガサ
パリ・オペラ座バレエ団 プルミエ・ダンスール
シルヴィア・サン=マルタン
パリ・オペラ座バレエ団 プルミエール・ダンスーズ
スペシャル・ゲスト:上野水香
東京バレエ団 ゲスト・プリンシパル
※出演者、曲目等が変更になる可能性がございます。予めご了承ください。
▶▶オフィシャルサイト
|日時|2025/01/03(金) 14:00
|会場|フェスティバルホール
▶▶公演詳細
|日時|2025/01/06(月) 14:00
|会場|Niterra 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール(愛知)
▶▶公演詳細
|日時|2025/01/07(火) 18:00
|会場|NHKホール(東京)
▶▶公演詳細