2024/10/30
取材レポ
“恐怖”というキーワードで選んだ明治から現代の日本作家の小説を、白石加代子が一人で朗読する「百物語」シリーズ。白石の類まれな演技力によって、物語の世界が豊かに立ち上がるステージは朗読の枠を超え、多くの観客を魅了してきた。1992年より22年にわたり上演され、その後はアンコール公演が続いていたが、2024年のツアーでいよいよ最後となる。その大千秋楽の公演(11月21日・東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール)が行われる大阪で、白石が取材会を開いた。
2014年に泉鏡花の「天守物語」で全99話を語り終えたときのことを、白石は「本当にホッとして、これで思う存分、一般の芝居がやれると思いました」と笑顔で振り返る。(百物語は百話語ると本物のお化けが出ると言い伝えられている) シリーズに一度ピリオドを打ち、家の本棚に並べた台本も「絶対に開いて見ないぞ」と思っていたという。ところがあるときふいに台本を開くと、「恋しくて懐かしくて。鴨下信一さん(構成・演出)のおっしゃったことがたくさん書いてありますし、朗読中、役に入り込むと台本から目を離すのですが、再び台本のどこに戻るか、たくさん印をしているんです。台本にはとても思い入れがあり、それを見ているうちにまた引っ張り込まれる感覚になりました」。その同時期にアンコール公演の話が持ち上がり、2016年から多忙なスケジュールをぬって、厳選した演目を届けてきた。
今回がファイナルとなった経緯については、「舞台に出れば体力的に絶対レベルを落とすまい!と身体は動くのですが、終演後、今までにない疲れを感じるようになりました」と率直な思いを吐露。長年シリーズをプロデュースしてきた笹部博司も、「やはり一人で全部やるのは大変ですし、これからは白石さんが中山優馬さんや風間杜夫さん、柴田理恵さんと楽しく出られていた『大誘拐』のように、白石さんと誰かでやる新しい企画を考えていきたい」と明かす。白石も「そういうわけで、『百物語』から逃げるわけではなく、新たな道を見つけようという思いです」と明るく話した。
最終公演に選んだのは「百物語」の人気ベストスリーに入ると評判の、阿刀田高の「干魚と漏電」と、スタッフがシリーズ中最も怖かったという高橋克彦の「遠い記憶」。白石は「結構重い2本です。『干魚と漏電』はとてもチャーミングなおばあさんが主人公ですが、なかなか動きが激しい。『遠い記憶』は本格的な怖いお話で、1時間近い長さがあります」。
両作品の思い出といえば、演出の鴨下氏も楽しんでいたという衣装。「『干魚と漏電』ではローラ アシュレイのお洋服を私に着せられたのですが、“ちょっと外れたおばあさん”という印象が一目でわかります。衣装はずっと変わらず、帽子は出演を重ねるなかで何回か編み直していただき、サンダルも含めて体に馴染んでいきました。『遠い記憶』は男の語りなのですが、素敵な光沢のある泥大島の着物で、お洒落で中性的な印象を与えるという、鴨下さん独自のこだわりがありました」と、2021年に天国へ旅立った鴨下氏との思い出を懐かしそうに語った。
作品の見どころを問われると、「『遠い記憶』は作者の高橋さんが盛岡ご出身で、前半は盛岡の観光を案内するように、わんこそばや五百羅漢、青龍水などが登場し、読者を盛岡中、連れ回すような感じなのですが、後半から母親の恐ろしさが予期せぬ感じでグッと出てきてゾッとします。『干魚と漏電』は散々笑わせておいて、最後の1行で恐怖にいざなうのです。さすが作家だなと思います」と、緻密な名作について言葉を紡ぐ。
どこかチャーミングなキャラクター、観客をときに笑わせる舞台運び、これらは白石自身の人間的な魅力があってこそ。それを裏付けるような大阪公演でのエピソードについても語った。「『百物語』だから最初は怖いお話で出発したんですよ。でも大阪の公演では、舞台に出ていくだけで忍び笑いが起こり、お客様がおもしろがられるんですね。怖いお話をしに来ているのに笑われるって、大阪だけでの経験です(笑)。大阪のお客様と過ごしたあの時間は大切な思い出です」。
あらためて白石自身にとって「百物語」シリーズはどのようなものなのか尋ねると、「役者として、人間として、それから女性としてもたくさんのことを学ばせていただきました」と即座に答える。「私は劇団(早稲田小劇場、現SCOT)に20年以上いたのですが、空間を切るようなギリシャ悲劇、シェイクスピア作品など、大向こうへバシッと声を出すような様式的な舞台ばかりで、『百物語』の99冊に書いてあるような日常的な動きを、上手に表現できる自信はありませんでした。でも鴨下さんはとても高いレベルのドラマを作られている方だったので、色々な助言をしてくださり、鴨下さんのお話をスタッフのみんなも含めて延々と聞くのが楽しい稽古場でした。さらに鴨下さん笹部さんが作品を選んでくださり、いわゆる私がそれまで手にしていなかったような日常的な動きや思いなど、女優として大切なものを『百物語』で教えていただきました」と、かけがえのない出合いに感謝した。
最後に白石は、「若いときに私をご覧になったことがある方、白石加代子という名前を初めて聞くという方、色々な方のご来場をお待ちしています」という言葉で締めくくった。まさに今後伝説として語り継がれるであろう『百物語』シリーズを、どうか見逃さずに!
ファイナルツアーは10月12日、東京・シアター1010での公演を皮切りに、11月21日、東大阪市文化創造館 Dream House 大ホールでの公演まで、全国10カ所で上演される。
取材・文:小野寺亜紀
PHOTO:藤田晃史
岩波ホール発
白石加代子「百物語」シリーズ
アンコール公演第五弾
阿刀田高「干魚と漏電」 高橋克彦「遠い記憶」
■出演
白石加代子
■原作
阿刀田高「干魚と漏電」
高橋克彦「遠い記憶」
■構成・演出
鴨下信一
▶▶オフィシャルサイト
|日時|2024/11/21(木) 14:00
|会場|東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール
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