2022/9/12
公演レポ
「…こんこんちき 売られてきたのは吉原の(略)…誰もしらぬは遊女の涙…」と、歌声が響きわたる。舞台には文字が桜のように散る様が投影され、歌と相まって物悲しい雰囲気だ。昭和初期、小説家の霧野一郎の元に新聞社の社員が訪ねてくる。その後、あることがきっかけで盲目の老婆と邂逅。「主さんの物語を書かねばならん」と言われ、霧野は舞台をさまよう。観客も不思議な感覚のまま、物語は明治後期の吉原遊郭へと戻る。
当代随一と名高い花魁・桜雅(久保)は、決して笑わない花魁としても知られていた。何とか笑顔を引き出そうと、紙問屋の旦那の西条宋次郎(榎木孝明)は、財力で花魁道中を開く。この花魁道中の記事を書かせようと新聞社は霧野(ゆうたろう)を参加させていた。
舞台に桜雅が登場し、あでやかな花魁道中をしずしずと歩く。美しいが能面のように無表情だ。霧野は「なぜ、あなたは笑わないんですか?笑わなきゃダメだ」と桜雅に問いかける。生気のない桜雅と、活力にあふれた霧野の対比が目に残る鮮やかなシーンだ。
文才と教養がある桜雅は、彼女の初恋の相手である仙太と同じ眼差しを持つ霧野と心を通わせ始める。二人でフランス人作家のエミール・ゾラや文学の話をしている時は楽しそうに打ち解け、桜雅は心では笑っているように見える。
久保は昨年、舞台「夜は短し歩けよ乙女」で明るくて元気いっぱいのヒロインを好演していた。今回はそのイメージを覆し、心に秘められた過去がある桜雅をしっとりと悲しみをたたえて演じ、その表現力に驚かされた。久保は「花魁は触れたことのない世界で、今までにない挑戦になりました。桜雅を演じることは楽ではなく、苦しいと感じる場面もたくさんありますが、素直な感情の交わりを時代を超えてお届けしたいと思います」と決意を語っていた。
一方、ゆうたろうは書くことに情熱を燃やし、桜雅に思いをぶつけていく霧野を真っすぐ素直に演じ、そのみずみずしさが印象に残った。「着物の着方や、江戸っ子の言葉のイントネーションも難しくて、ベテラン俳優さんたちに確認してもらいました。稽古場で緊張していたら、演出を手掛ける寺十吾さんに、『役ではなく、ゆうたろうとして考えろ』と言われ、そこからスムーズに霧野になれた。霧野になるためにそう言ってくれたんだと思いました」と明かす。
寺十は二人について、「若く未熟であることは、こんなにも新鮮で、希望と可能性に満ちているんだと。まぶしいですね。二人とも受けようとか何の下心もなく、真っすぐ取り組む姿が美しかった」と絶賛していた。
親密さが増す桜雅と霧野だが、桜雅は西条に身請けされることになる。2幕では時がさかのぼり、久保が桜雅の少女時代の雅沙子に、ゆうたろうが植木職人見習いの少年・仙太に扮する。2幕の冒頭は華やかで、雅沙子も仙太も無邪気で明るく溌剌としている。「稽古場で1幕の読み合わせの段階では声も表現も小さいと言われていたんですが、2幕のシーンでは思い切り声が出て、お芝居をしていて本当に楽しかった」と久保は話していた。
しかし、様々な人物の欲望や嫉妬などが渦巻き、物語は思いがけない展開を迎え、恐ろしくさえある。作者である秋之桜子は「厄介な欲求がヒトを狂わす物語」だと語っている。ただのありきたりな悲恋話には終わらない。「こんこんちき ああ 桜咲く夜の お楽しみ」という歌と、舞台に散る文字が、何度もリフレインされ幻影のようだ。人間は「桜」のように儚い存在だが、「文」は残り、そこにはかすかな希望が見える。吉原の情緒と共に、桜雅と霧野の燃えたぎる思いが静かに残った。
取材・文:米満ゆう子
撮影:御堂義乗
パルコ・プロデュース2022
『桜文』
■作
秋之桜子
■演出
寺十吾
■出演
久保史緒里(乃木坂46) / ゆうたろう
/松本妃代 石田圭祐 阿知波悟美 加納幸和
木村靖司 有川マコト 塾一久
/ 石倉三郎 榎木孝明 他
|日時|2022/10/01(土)~2022/10/02(日)≪全4回≫
|会場|COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール
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