詳細検索
  1. ホーム
  2. KEPオンライン
  3. パルコ・プロデュース 2022『セールスマンの死』東京公演レポート
詳細検索

KEP ONLINE Online Magazine

パルコ・プロデュース 2022『セールスマンの死』東京公演レポート

2022/4/13

その他

セールスマンの鞄の中は

今、「セールスマン」という言葉はあまり使われないのではないだろうか。営業職という仕事自体、ソーシャルメディアが発達し情報化が浸透した2010年代以降その数は減少し、コロナ禍はさらにこの状況に拍車をかけている。しかし「セールスマン」は舞台という虚構の世界では、輝かしい活躍を続けている。特に『セールスマンの死』という作品の中で。それは、人と人の間にある関係の複雑さを、家族という集団を中心に描き出しながら「あなたは人生の中で、他人に何を売ることができるのか」、それは「自分自身なのか」、それとも「自分自身の夢なのか」、そして「夢を断たれた人生の先にあなたは何を見出せるのか」を観客に問い続ける物語を作り出しているからに違いない。

パルコ・プロデュース2022『セールスマンの死』はそんな物語の普遍性を見事に伝えてくれる。

劇作家アーサー・ミラーの作品である本作は、1949年初演。映画監督としても知られるエリア・カザンの手で演出され49年度ニューヨーク劇評家賞、ピューリッツァー賞を受賞。その舞台になるのはニューヨークのブルックリン郊外。主人公・63歳のウィリー・ローマンはセールスマンとして真面目に働き続けてきたが、最近は思うように仕事の成績が上がらず、自分だけでなく、家庭で彼を支える妻と、自立出来ない二人の息子にも苛立ちを覚えている。そんな中、仕事での旅を終え帰宅したある月曜日の夜から、火曜日の深夜までの出来事が、過去と現在を織り交ぜながら描かれていく。

ミラーが本作のタイトルを「彼の頭の中」にしようと考えたと語っているように、主人公・ウィリーの頭の中の記憶から抽出される「幻想」の世界と、目の前にある過酷な「現実」の世界が行き来し物語が展開されるのだが、今回、演出家ショーン・ホームズは時代設定を記憶・幻想の部分を1960年代、現実の部分を1980年代に置き換えた上、ウィリーの脳内を可視化。彼の動揺と混乱を表現したステージングと音楽との相互作用は、素晴らしい演出効果を生み出している。また舞台美術のグレイス・スマートは、登場人物たちを象徴するセットをそれぞれ創出。舞台上での人間関係を際立たせ浮き彫りにする具象と抽象を巧みに駆使した美術プランも見どころの一つになっている。

役者の中軸を担うのはもちろん、ウィリーを演じる段田安則。年老いて、自らが生涯を注いだセールスマンという職業自体から見放され、またその職業にのめり込んだが故、家族との関係、さらに友人との関係も揺らいでいる姿、そして夢を追い、その夢が絶たれ踠き苦しむ姿を、段田はエモーショナルかつ繊細さを感じさせながら演じ物語を牽引する。

ウィリーの心の揺らぎと踠き。

戯曲を丁寧に読み込み、演出家の意図を深く理解し、出演者と共振することによって紡ぎ出された演技は早くも今年ナンバー1の舞台成果の呼び声も高く、観客は心動かされ次第に劇場全体が熱を帯びていく。

また、共演者の真意迫る演技も見ごたえ充分。可憐な姿と声で家族を包み込む母・リンダを演じる鈴木保奈美。役に徹しながら父と子、さらに若者と世間との葛藤をまで体現した長男・ビフを演じる福士誠治。自分ファーストという欠点がありながらも、兄とは違うアプローチで家族を愛する次男・ハッピーの内面まで見事に演じ切った林遣都。そして常に周縁に存在し、ゴースト的存在感を醸すウィリーの兄・ベンを演じた高橋克実や現実の世界の厳しさを伝えるウイリーの友人を演じた鶴見辰吾らが家族の外側の世界を構築していく。そしてウィリーだけでなく、彼らもそれぞれが私たちに何かを問いかけてくる。

人は本来、何をセールス=売ることが出来るのだろうか。我々は家族に何を求めているのだろうか。そして夢とは何だろうか。その夢が絶たれた先にある、生きていく上で本当に大切なものは何なのか。そんなことを考える機会をこの舞台は与えてくれる。

セールスマンの鞄の中身は描かれていない。その中身は観客自身が人生の中で想像していくしかない。

取材・文:安堂康也
撮影:細野晋司

パルコ・プロデュース 2022
『セールスマンの死』


■作
アーサー・ミラー
■翻訳
広田敦郎
■演出
ショーン・ホームズ

■出演
段田安則 鈴木保奈美 福士誠治 林遣都 / 前原滉 山岸門人 町田マリー 皆本麻帆 安宅陽子 / 鶴見辰吾 高橋克実




京都公演情報

日時:2022/05/07(土)~2022/05/08(日)≪全3回≫
会場:ロームシアター京都 メインホール

公演詳細はこちら

兵庫公演情報

日時:2022/05/19(木)~2022/05/22(日)≪全5回≫
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール

公演詳細はこちら

一覧へ戻る