2021/6/22
公演レポ
井上芳雄主演、伊藤沙莉がヒロインを務める舞台『首切り王子と愚かな女』が15日、東京で開幕した。劇作家・演出家の蓬莱竜太がコロナ禍に放つ、初のダークファンタジーだ。
雪深い辺境の王国ルーブ。呪われた第二王子トル(井上芳雄)と死を覚悟した娘ヴィリ(伊藤沙莉)が最果ての崖で出会う時、物語が動き出す―――。突如、トルの召使として王宮に仕えることになったヴィリ。しきたりとは無縁の言動で度々王女と衝突するが、不思議とトルとは馬が合い徐々に心の距離を縮めていく。一方、威厳に満ちた女王や大鉈を振りかざす首切り兵士長ら王宮の人々も、ひとたび仕事を離れれば、予想外の素顔を晒す。ファンタジーの住人たちのリアルな日常を覗き見するような感覚が楽しい。暗く妖しい王宮内にあって、ヴィリの存在が明るく破天荒に物語を前進させる。冒険の始まりと出会いのトキメキに満ちた前半。しかしそれも長くは続かない。次第にそれぞれの思惑や過去が明るみとなり、ダークファンタジーたらしめる展開へと突入していく。
本領発揮のドラマを盛り立てるのが、演劇的趣向に富んだ仕掛けの数々だ。まず印象的なのが稽古場を模したという美術セット。あるのは木の骨組みでできた可動式の台が数台ほど。三方には舞台を囲うように、透明の壁に覆われた楽屋がズラリと並ぶ。開演5分前になると役者たちが次々に楽屋入りし、ほどなくヒロインの伊藤沙莉が舞台袖に立つ。右手をすっと上げると、本番の幕が開いた。
演者が役に入るその瞬間から立ち会える。ワクワクするなという方が無理だろう。その後も、役者自身が可動式の台を動かし、それらを断崖絶壁、北海の離島、王宮内に見立てて芝居を運ぶ。自然と観る側の脳内にもその光景が映し出されるから不思議だ。音や光の効果も絶大で、時に人が宙に浮いて見えたり、時に馬を駆る疾走感を肌身に感じたり。そこが海なら、岸壁に打ち寄せる風の冷たさや潮の香りまでをもありありとイメージすることができるのだ。まるで無限の異世界に遊ぶ、ロールプレイングゲームの住人にでもなったような気分。想像する楽しさに、腹の底から静かな興奮が湧き上がる。
孤独、貧困、介護、ジェンダーまで。現代社会にも通じるさまざまな問題に直面し、思い悩む登場人物たち。生きるとか死ぬとか、愛するとか。蓬莱はそれらの感情に向き合い、縦横無尽に言葉を尽くす。本作は言葉の演劇でもあるのだ。観念的な宇宙的視座と、日常的な視点とを織り交ぜながら。紡がれる言葉のふり幅と多彩さは、現代のシェイクスピアとでも呼びたくなるほど。子がある人もない人も、愛する人が在る人も亡くした人も。言葉が喚起する感情に心揺さぶられ、時に力を貰えるかもしれない。
原点回帰の装置を得て、役者たちもイキイキと役を全うする。のっけから丁々発止の掛け合いに相性の良さを感じさせる井上芳雄と伊藤沙莉。井上は純然たる王子の面持ち、でいて中身は傍若無人なガキ大将そのもの。子どものような純真さと残忍さで、これまで見せたことのない領域にまで表現の幅を広げる。孤独を宿した王子が放つ、第一級の歌声にも心奪われる。ヒロインの伊藤も負けず劣らず。火の玉みたいな存在感で作品を脈打たせ、無意識に王子に惹かれていく様を丁寧に演じる。野心的な眼差しや声色も忘れ難い。
若村麻由美は大胆にしてゴージャス。厳格な永久女王としての顔と人間味溢れる母親像を巧みに演じ分ける。石田佳央はコメディにもシリアスにも触れる作品にあって、柔軟にドラマを運ぶ。冷静沈着な大臣がハマり役。高橋努が見せる実直さと和田琢磨が担う人の良さは、前後半で異なる印象を抱かせ、入山法子と太田緑ロランスがそれぞれの立場から古い慣習に立ち向かう姿も心に残る。加えて、小磯総一朗、柴田美波、林大貴、BOW、益田恭平、吉田萌美ら一人何役も担うアンサンブルの連帯と洗練された動きが、作品をさらなる高みへと押し上げていた。
井上芳雄と華やかで実力を兼ね備えた役者陣たちが、想像の世界で遊び尽くす2時間45分。しばし現実を離れ、演劇がもたらす喜びと解放感を共に享受しよう。
取材・文:石橋法子
撮影:加藤幸広
■作・演出
蓬莱竜太
■出演
井上芳雄 伊藤沙莉/
高橋 努 入山法子 太田緑ロランス 石田佳央 和田琢磨
小磯聡一朗 柴田美波 林 大貴 BOW 益田恭平 吉田萌美
/若村麻由美
2021/7/10(土)13:00、18:00
2021/7/11(日)13:00
サンケイホールブリーゼ
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